ハニー・メモリー
 貧しい伯は無力で惨めだった。友達もいなかった。飢えと恥しさに震えながら、必死になって耐え忍んでいた。

「公園の隣には大きな図書館がありました。日曜になると、クレープの販売車が来るんです。いつも、僕は、羨ましそうに同じ年子の子供達を見ていました。毎回、毎回、ずっと匂いを嗅いでいました」

 そこにサラサラした髪の長身の綺麗な女子高校生が近寄って来た。そして、買ったばかりのクレープを差し出してくれたので、驚いていると、その人は穏やかに微笑んだ。

『あたし、間違えて、苺のクレープを買っちゃったの。良かったら、君、食べない? 捨てちゃうの、もったいないから手伝ってくれると嬉しいな』

 それが、鐘紡真帆という高校生だということを後から知った。

 公園は木々に囲まれていた。その時は銀杏の葉が綺麗に色付いていた。女子高校生だった真帆が明るく言ったのだ。

『いい食べっぷりだね』

 小声で、ありがとうと言うと、真帆は安心したように頷いた。

『お、お姉さんは、ほんとは何を買うつもりだっの?』

『チョコバナナかな……』

 それは嘘だ。伯はそれは分かっていた。きっと、伯が、毎回、死ぬほど物欲しそうにクレープの出店を見ているから買ってくれたのだ。

 週末、真帆は図書館を使用していた。公園の遊歩道は駅から図書館へと通り道になっていた。

 伯が公園に捨てられている子犬を抱えたままどうしようかと悩んでいると真帆が声をかけてくれた。

『どうしたの? 可愛い子犬だね』

『公園に捨てられていたの。でも、僕は飼えない。どうしよう。この子、すごく痩せてる』

『そっか。それなら、うちで飼うね』

 柴犬っぽい貧相な犬に拾太郎と名付けた。見た目はみすぼせしいけれど賢い犬だ。

「あなたにとっては、僕は、公園で見かける可哀想な子供だったんでしょうね。でも、あなたは、僕がホームレスだとは気付いていませんでした。そう、あの日までは……」

 伯は、静かに語り続けている。しかし、その表情は軋んでいる。真帆は、彼のまっすぐな視線の奥にあるものが何なのか、少しずつ理解し始めていた。

「あなたと知り合った翌月。日雇いの仕事から公園に戻ってきた父親が不良に殴られました。父親は呻きながらも、お金を盗られまいとして踏ん張っていました。僕ははワーワーと大きな声で泣き叫ました」

 その時、ポニーテールに紺の制服姿の真帆が飛び込んできた。竹刀で泥棒の顔を何度も叩くと、最後には柔道の技で投げ飛ばして絞め技で失神させたのだ。

 事件の翌日、真帆は伯と父親を自宅に招いてくれて、真帆の父が色々と相談に乗ってくれたのである。

 真帆は、その場にはいなかったが、真帆の父は伯達親子の困窮ぶりを知って心を痛めたのである。。

「真帆さんの父さんが、父の仕事を探し出してくれました」

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