ハニー・メモリー
5
真帆の気持ちは混乱していた。慌てて帰宅した真帆はシャワーを浴びる。そして、無理に空っぽにした頭をブンブンと振っていく。

 駄目だ。まだドキドキしている。

 真帆の身体を唇で陵辱した時の彼は獣じみていて、彼に呑み込まれる様な迫力に圧倒された。

 痛いほどに澄んだ瞳に圧倒された。

 あんなふうに襲われると全身がフアフアと浮き上がるような気持ちになる。思考回路はオーバーヒートしてしまいそうになり、クラクラしてきた。

 改めて振り返ると、伯の中から堰を切ったように色々な感情が溢れ出していたような気がする。

 熱の塊みたいなものに包まれて胸が熱くなり泣き出したいような気持ちになってきた。ああ、どうしようと落ち着かなくなる。

 真帆は、眼鏡をかけてから洗面台の鏡を覗き込む。白く済んだ肌に刻まれ痣を眺めまわしてチェックしてみたのである。

(何これ。す、すごい事になってるわ)

 三十ニ箇所もキスマークが残っていた。、TL漫画では、もっと色々していたような気もするが、今回はさすかにそれはなかった。あの時、犯されるかと想った。

(あんな事するなんて。あの子の頭の中はどうなってんのよ)

 今後、どんな顔で伯と顔を合わせればいいのだろう。セクハラ事件として訴えることも出来る。いや、セクハラではなく、強制猥褻になるのかもしれない。

 もしも、告訴したなら、伯の未来が絶たれてしまう。罪人にはしたくないけれども、こんな事があったからには伯を雇い続ける訳にはいかない。

 何しろ最初の出会いがあんな感じなので気を許していた。そんな自分にも責任はあるのかもしれない。

(ちゃんと、公私の線引きしないと駄目だわ)

 彼とは同じ職場にいられない。ここを辞めるように勧告するしかない。だけど、面と向かって話すのも勇気がいる。メールで伝えるようなことでもないし、どうしようかと悩みながら週明けを迎えていたのである。

 おそらく、伯は、本気で真帆のことが好きなのだ。もしも、仮に、伯と付き合ったりしたら、真帆の親は何て言うのだろう。

 いやいや、こんなの馬鹿げている。ありえない十歳年下の伯との恋愛は現実的ではない……。今は良くても、時間が経過したらどうなるのか不安しかない。すぐに結婚できる訳じゃない。真帆は三十路。妊娠や子育てのリミットや適齢期というものがある。それに、伯の経済力の問題もある。

 真帆だって誰かに好かれるのは嬉しい。歳の問題がなければ、伯との交際も視野に入れていたのかもしれない。

(やっぱり、まだ学生の伯と結婚なんて無理だわ……。妄想すら成立しないよ)

 真帆はコツンと頭を叩きながら自らに言い聞かせる。自分もいい歳なんだ。現実を見よう。憧れ続けた東堂から熱烈アプローチを受けている。誰がどう考えても、先輩と結婚するのが正解だ。

        ☆

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