ハニー・メモリー
「エリカ、地図を読むのが苦手なんだよね。このホテルは初めてだから場所がわかんなくて迷ったの。タクシーで行こうとしたけど、一方通行で入れなかったの。歩くほうが速いと思ったんだけど、結局、迷っちゃったよ」
「なんで、先輩はホテルの人に助けを求めないのかな?」
従業員を呼ぶ方が簡単だと思うのだが……。
「馬鹿だね。おじさん、いい年した大人なんだよ。恥しい姿を他人に見せられる訳がないじゃんか。猫も犬も、気を許した人にしかお腹を見せないんだよ。そんなの常識じゃんか」
「あっ、そうなのね」
「おじさんは、真帆先生を信頼して身を任せようとしたんだよ。それなのに、置いてけぼりにするなんて酷い。労わってあげなよ。結婚するつもりなんでしょう」
あとげなさが残る顔で本気で憤っている。なんいいい子なんだ。
「あたし、彼と結婚なんてしないよ。道明寺さんみたいな素敵な女王様になれないと気付いたの。だから、あの場で先輩とさよならをしたのよ」
「ええーー、マジでフッちゃったの? もったいないな。おじさん、腹筋とか凄いんだよ。ふふっ。あたしに叩かれる為に鍛えているんだって」
「でも、その鞭で叩くとひどい傷跡になるんじゃないの?」
先刻、パンツ一丁の姿を見たところ、東堂の体は無傷だったのだが……。
「ああ、これね、おじさんを叩くのに使わないよ。床を叩いて緊張感を高めてムードを盛り上げるの。夏場は、おじさんが目隠しをしたままスイカを割ってる。インディージョーンズごっこは楽しいよ」
「そ、そうなんだ……」
理解に苦しむところもあるが、それでも二人の強い絆を感じる。女王様と下僕のファンタジーを共有することで、東堂は満たされているのかもしれない。
東堂の自宅は広々とした日本家屋で祖母の梅は離れに暮らしている。以前、錦鯉が泳ぐ池の前で、梅がこんな事を言っていたっけ。
『あの子、自分の気持ちを口に出さないの。秀吉の生い立ちは複雑なんですよ……。いいですか。他言無用ですよ』
彼の本当の母親の名は今日子。梅には三人の子がいる。長男の海舟。長女の政子。そして、末っ子の今日子。
今日子は、お洒落が大好きで勉強が苦手だったという。
『まったく、誰に似たのやら……。今日子は十七歳で赤ちゃんを産んですぐに亡くなってしまったのよ。とにかく、移り気で惚れっぽい子だったの。名前も知らない相手とそういう関係になったんでしょうね』
アルバムを見せてもらったところ、フリフリとしたレースのついたパステルカラーのワンピースを着ていた。知的な雰囲気ではなかった。お馬鹿で無垢な女の子という感じだった。
「なんで、先輩はホテルの人に助けを求めないのかな?」
従業員を呼ぶ方が簡単だと思うのだが……。
「馬鹿だね。おじさん、いい年した大人なんだよ。恥しい姿を他人に見せられる訳がないじゃんか。猫も犬も、気を許した人にしかお腹を見せないんだよ。そんなの常識じゃんか」
「あっ、そうなのね」
「おじさんは、真帆先生を信頼して身を任せようとしたんだよ。それなのに、置いてけぼりにするなんて酷い。労わってあげなよ。結婚するつもりなんでしょう」
あとげなさが残る顔で本気で憤っている。なんいいい子なんだ。
「あたし、彼と結婚なんてしないよ。道明寺さんみたいな素敵な女王様になれないと気付いたの。だから、あの場で先輩とさよならをしたのよ」
「ええーー、マジでフッちゃったの? もったいないな。おじさん、腹筋とか凄いんだよ。ふふっ。あたしに叩かれる為に鍛えているんだって」
「でも、その鞭で叩くとひどい傷跡になるんじゃないの?」
先刻、パンツ一丁の姿を見たところ、東堂の体は無傷だったのだが……。
「ああ、これね、おじさんを叩くのに使わないよ。床を叩いて緊張感を高めてムードを盛り上げるの。夏場は、おじさんが目隠しをしたままスイカを割ってる。インディージョーンズごっこは楽しいよ」
「そ、そうなんだ……」
理解に苦しむところもあるが、それでも二人の強い絆を感じる。女王様と下僕のファンタジーを共有することで、東堂は満たされているのかもしれない。
東堂の自宅は広々とした日本家屋で祖母の梅は離れに暮らしている。以前、錦鯉が泳ぐ池の前で、梅がこんな事を言っていたっけ。
『あの子、自分の気持ちを口に出さないの。秀吉の生い立ちは複雑なんですよ……。いいですか。他言無用ですよ』
彼の本当の母親の名は今日子。梅には三人の子がいる。長男の海舟。長女の政子。そして、末っ子の今日子。
今日子は、お洒落が大好きで勉強が苦手だったという。
『まったく、誰に似たのやら……。今日子は十七歳で赤ちゃんを産んですぐに亡くなってしまったのよ。とにかく、移り気で惚れっぽい子だったの。名前も知らない相手とそういう関係になったんでしょうね』
アルバムを見せてもらったところ、フリフリとしたレースのついたパステルカラーのワンピースを着ていた。知的な雰囲気ではなかった。お馬鹿で無垢な女の子という感じだった。