ハニー・メモリー

「おじさん、本当は色々と不安なんだよ。子供の患者が死んだ夜は肩を揺すって泣くの。エリカね、真心を込めて力一杯、ポコポコと叩いてあげるの」

　ちなみに、その時、エリカは、激しい形相で馬乗りになって東堂の泣き顔を叩いて怒鳴りつけたという。

『うっせぇよ。メソメソ泣く暇があったら似たような子供の手術を勉強しろよ。てめぇが死ぬ気で頑張って難病とやらを世の中から駆逐しろよ！　てめぇなら出来るって、エリカ様が言ってんだよ！』

　バシバシッ。エリカは全力で叩き続ける。息を切らしながら魂の平手打ちを繰り返すのだ。

『てめぇが頑張らないと、みんなが困るんだよ。いいか。絶対に哀しみを克服しろよ』

　バンッ、バンッ。エリカの小さな手のひらは真っ赤になる。

『分かりました。エリカ様……』

　東堂は、叩いてくれたエリカの手のひらを握り感謝したように微笑み返すと、彼は真っ赤に腫れたエリカの指を癒すように丁寧に舐める。エリカは、くすぐったいだよと言って頭を叩くと、彼は幸せそうにごめんなさいと呟く。

　やってる事はおかしいのに何て感動的なんだろうか。真帆の胸がジンと震えて涙ぐみそうになる。これを愛と言わなければ、何を愛と呼ぶのかしら？　

「先輩は、あなたを誰よりも信頼しているのね。お似合いのカップルだわ」

「あたし、おじさんと結婚したいの。だけど、おじさんのおばあちゃまが、エリカのことを気に入るかどうか心配なんだ。あたし、馬鹿だから、おじさんと不釣合いだよね」

「そんなことないわ。結婚は本人同士の問題だよ。おばぁさんに遠慮する必要はないわ」

「婚姻届を出すのは簡単だけどさ、やっぱり、あたし、おばぁちゃまに愛されたいじゃん。仲良くしたいじゃん」

　可愛らしく悩む様子を見ていて微笑ましくなってきた。

「そうだね。ギャルは卒業した方がいいかもね。お化粧はナチュラルにした方がいいと思うよ。乃木坂の雰囲気を目指しなよ」

「それ、すごくいい情報だね」

　いつの間にか世代を超えてエリカと打ち解けてる。前々からエリカとの事は好きだのたが、今では、仲間意識のようなものが芽生えてている。不思議なものだ。

「ねぇ、真帆先生は王子先生と何かあった？」

「うん。ちょっと喧嘩したの」

「王子先生、最近、なんか、苦しそうにしてた。真帆先生のこと、すんごく好きだよ」

「前から聞きたかったんだけど、なんで知ってるの」

「そんなの見てたら分かるよ」

　エリカが真帆の背中をグイッと押した。女王様は何でもお見通しなのかもしれない。

「仲直りしちゃいなよ。住所も知ってるよね。善は急げだよ。つーか、エリカ、そろそろ、おじさんのところに行くね」

「でも、先刻の男に傷害罪で訴えられたらどうしよう？」

「そんなの正当防衛だよ。あたし、強姦されそうになったって言うもん」