ハニー・メモリー
「男の人と、こんなふうに裸でくっついてる自分が信じられない。今、すごくドキドキしてる。あたし、すっごく恥ずかしいけど、こうやってると嬉しい」

「やっぱり、あなたは可愛らしいですね」

 そう言うと、伯は湯船で立ち上がり、真帆の手を引いた。

「さぁ、行きますよ」

 二人は濡れた身体のままベッドに雪崩れ込む。

 押し倒された真帆は水面が波打つような気持ちで、伯の口付けを受け止めていた。彼は、真帆に覆いかぶさったまま、首筋や胸に唇を這わせている。真帆は頬を赤らめたまま、すべてを受け止めようとしていた。

 けれども、ふと、部屋の隅に置かれた遺骨と遺影に気付いてハッとなる。

「ああーーーー、駄目。今夜は駄目だよ」

「どうしてですか?」

「だって、伯のお父さんが亡くなったばかりなんだよ。まだ、お父さんの魂はこの世に浮遊しているよ。こういうのは不謹慎だと思うよ」

「親父に見られているようで落ち着きませんか?」

「うん……。今は、ちょっと自重しようよ。あたしは伯のこと好きだよ。今夜は、こうやって一緒にいるだけで満足なんだ」

 真帆は伯の腕枕で横たわっていた。伯は、古びた蛍光灯を見上げたまま言う。

「それは僕も同じです」

 伯は真帆に自分のTシャツを渡した。そして、真帆の濡れた髪をドライヤーで乾かし始めた。

「あなた髪を乾かしてあげますね。僕、ヘルパーだったからこういうの得意なんです。ああ、サラサラして綺麗な髪だな」

 慣れた手つきで長い髪を丁寧に乾かす伯。その口許には、まろやかな笑みが浮かんでいる。もちろん、真帆もお礼に伯の髪を乾かしてあげたのだ。

「君の髪もサラサラだね……」

「いいえ。真帆さんの方がサラサラですよ」

 髪が乾くと、二人は狭いベッドに横たわった。

「何だか、不思議だわ。あの時の少年の部屋に自分がいるなんて……」

 そう言うと、真帆は目を閉じたのだ。今夜の真帆は疲れている。いつのまにか、スーッと眠りの縁に入っていたのだ。

   ☆

 深夜、伯は、仰向けの姿勢のまま、ぼんやりとしていた。

 正直なところ、父親を亡くしたばかりの伯は心身ともに疲れている。

 生前、父かお世話になった方達が葬儀に来てくれた。しかし、思ったよりも父の知り合いは少なくて少しばかり寂しかった。

 父は、伯が生まれる一年前に父親を亡くしている。四国の田舎で生まれ育った父も、町工場で働いていた祖父に育てられていたのだ。

(じぃちゃんって、どんな人だったのかな。写真でしか見た事がないな)

 上京した父は、大学に通っていたけれど、中退をして料理人になった。そのことを葬儀に訪れた父の同級生だという男から聞いて初めて知った。二人は、大学を卒業してからも、年に一度のペースで会っていたという。

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