ハニー・メモリー
『伯君……。あんたの父親は、ハンサムだから女にモテていたけれど、決して浮ついたりしなかった。どっちかって言うと、とてもシャイで奥手だったよ。なんていうか、とにかく真面目な人だったな』
 
 警備会社の同僚だった人も何人か来てくれた。

『王子さんの作る坦々麺、もう一度、食べたいよ。あと、酢豚も絶品だったなぁ』


 他には、父方の祖母の親友だったという老女も葬儀に訪れたのだ。

『お金がなくて、晃ちゃんは中退したんだよ。あんたの父親は、本当は、大学で動物行動学とやらの研究をしたかったみたいだよ。だけど、そんなんじゃ食べていけないからね。身体の弱い父親を支えようとして学校を辞めたんだ。それなのに、じきに父親も死んでしまったんだよ。それで落ち込んでいる時に知り合ったのが、あんたの母親さ』

 喪失感に打ちひしがれている時、誰かが、寄り添ってくれるだけで心は癒されるものなのだ。

(親父も親を亡くした時は、泣き明かしたんだろうな)

 昔から大好きだった真帆のぬくもりが、伯を優しく包み込んでいる。この人はオレの女神だ。この人がいてくれたらそれでいい。

「ありがとう、真帆さん……」

 そう呟くけれども、やはり、返事はなかった。真帆は、健やかな寝息をたてている。その顔を見つめているだけで、こみあげてくるものに胸を鷲掴みにされる。

 伯は、その額にキスを落とすと安堵したように微笑んだ。

 その夜、二人はお互いに寄り添ったまま眠ったのである。

 翌朝になると、伯は早い時刻に目覚めていた。アパートの住人も寝ている。周囲はシンとしている。

(朝の六時か……。真帆さん、眠ってる時間帯なんだろうな)

 真帆は横向きの姿勢で伯のベッドにスヤスヤと眠っている。

 真帆は、父親を失って悲しむ自分を気にかけてまっずに駆けてきた。この人はそういう人なのだ。真帆の優しさが嬉しかった。

 真帆の長い髪がシーツに流れる様子が綺麗だった。思わず、写真に収めたくなり、秘かにスマホで撮影した後、フフッと口許を綻ばせる様にして微笑んだ。

(おはようございます)

 声に出さずに囁いた伯は、こっそりとベッドから抜け出すと、真帆の為に朝食を作った。

 冷凍庫には、冷凍の魚やカットされた冷凍の野菜がある。伯は、子供の頃から自分で食事を作ってきた。だから、調理することに慣れている。

 真帆のお弁当を食べたくて、自分のお弁当を質素なものにしていたのだ。

(ほんと、我ながらあざとい……)

 音を立てないように作り終えてから、真帆の顔を覗く込むと。やっぱり真帆は伯のTシャツを身につけたまま猫のように身体を丸めて眠りこけていた。

 伯は、とても満ち足りた気持ちで真帆の顔に鼻先を寄せていく。そして、その優しい香りを吸い込むようにして微笑みながら優しく静かに囁いた。

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