ハニー・メモリー
「それじゃ大学に行ってきますね」

 愛しい人と一緒に過ごせる喜びがキラキラと胸を輝かせている。真帆さん。あなたを好きな自分を誇りに思っています。伯は、心の中で真帆への愛を再確認していたのである、

 これまで、ずっと真帆のことを想いながら生きてきた。

 真帆の姿を見る機会がなくなってからも、ふとした瞬間に心に描いていた。自分にとって、真帆は理想の人。愛する女神が、やっと伯の想いに応えてくれた。

(親父、おはよう……。そこで眠っている美しい人が恋人だよ)

 伯は、教科書の入ったリュックを背負うと父親の遺影に向けて微笑だ。そっと、音を立てないように扉を閉める。そして、アパートの階段を降りていく。

 昨夜は、真帆とは、一線を越えられなかったけれども、何も焦る必要は何もない。二人には、輝かしい未来が待ち打ている。

 ここから大学までは徒歩で半時間はかかるけれど、いつもより、心が軽やかで、心には明るい日差しのようなものが溢れている。人生はチョコレートボックス。開けてみないと分からない。

(こんな自分には何も無いと思っていたけど、真帆さんが来てきくれた。彼女がいればそれでいい)

 伯の胸には、雨上がりの空のような純粋な光が射している。

           ☆

  あらら。ここはどこ?

 午前十時頃に、ようやく目を覚ました真帆は見回していた。伯から借りた大きいシャツ一枚という姿で立ち上がった時にハタッと気付いた。昨夜は、伯のパジャマを借りて眠ったのだ。

(そうだった。昨日、伯と一緒にいたんだわ……)

 半身を起こすと遺影と目が合った。細面の優しい顔立ちの男性だ。どこか寂しげに淡く微笑んでいる。伯と父親は綺麗な鼻筋と薄い唇がよく似ている。

 真帆は、顔を洗って髪を束ねた。

 コホッと咳払いをすると、正座をして深く頭を下げ挨拶をした。

「は、初めまして。わたしは、おたくの息子様の恋人の真帆と申します。お邪魔してます」

 昨夜の伯は、心の底から哀しみにうちひしがれていた。さすがに、お線香の香りを嗅ぎながら初夜を迎えるというのは不謹慎だと真帆は思ったのだ。

(でも、そのうち、あたし、バージンを伯に捧げることになるのね……)

 父親の喪が明けたら、そういう事をすることになるかもしれない。いやいや、今は、そのようなことを考えるのもはしたない。今は、御家族のご冥福を祈るべきだ。

(あらら……。美味しそう)

 キッチンの小さなテーブルには朝御飯が用意されていた。メモの横にはキーホルダーがついた鍵が添えられている。

『目が覚めたら。ごはんを食べ下さい。僕は、大学を終えたら塾に向かいます。部屋の鍵は塾で渡して下さい』

 焼き魚と出汁巻き卵とわかめお味噌汁。

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