ハニー・メモリー
「その日、僕の男の友人が須藤を連れてきたんです。そいつが須藤と付き合っているって言うから信じたんです。三人で飲んでたら、いつの間にか僕と須藤の二人で朝を迎えていました。ホラー映画のような展開にゾッとしました。友人は夜中に帰ったみたいなんです。須藤と一緒に帰ったのに、須藤だけが舞い戻ってきたんです。僕のアパートの合鍵を勝手に作ったみたいです」

「それ、本当?」

「はい。友人も須藤に利用されたんだと思います。あの夜を境に、須藤は一方的にそいつと別れたようなんです。僕に近付くために好きでもない男と付き合ったうです。あいつは、そういう悪魔の様な女なんです。もちろん、現在は、アパートの鍵も作り変えています。おかげて、高くつきました。以後、須藤のことは露骨に無視してきました」

「分かった。信じるわ」

 とはいうもののモヤモヤは続いている。

「でも、あの子、けっこう可愛い顔してたね。本当に、あなたは、あの娘のことを何とも思ってないの?」

「何とも思っていないのではなくて嫌いです。それなのに僕のことを理想の王子様だとか言うんです。あいつ、いよいよ、妊娠したという妄想を抱くようになったみたいですね」

 しかし、真帆の心はグラついていた。何が本当なのかを空想するとキリがない。

(伯の言うように、あの娘はちょっと異常なのかもしれない。だけど、妊娠したというのは本当みたいなんだよね)

 須藤の存在によって、真帆はジリジリと運命を狂わされている。正体不明の灰色の靄が胸を覆い尽くそうとしている。

(もしも、須藤さんが伯の子を妊娠しているのだとしたら伯とは付き合えないよ……)

 けれども、伯は、立ち去り際に微笑んだ。

「あなた以外の人を愛せると思いますか?」

 デスクの上に置いていた真帆の手を握ると、中世の騎士がするように指先にキスを落としたのだ。
  
「あなたしか、僕は見ていません」

 そんなふに見つめられると体温がフアッと上昇して、頬に熱がこもる。

「うん、分かってる」

 分かっているけれど、それでも、何か嫌な予感がするのだ。

   ☆

 それから一週間が経過していた。

 伯は、あんな女は無視すればいいと言っているのだが、それでも気になる。重苦しい空気に息が詰まりそうになる。

 真帆の休日のランチタイムにエリカに相談した。ここは若者は足を踏み入れないレトロな雰囲気の喫茶店。内緒話をするにはもってこいの場所だ。

「ねぇ、道明寺さんはどう思う?」

 真帆からすべてを聞いたエリカは神妙な顔つきで言った。

「ズバリ言うけどね。王子先生と須藤っていう女がエッチした可能性はあると思うよ」

 否定してもらいたかったのに、そんな答えが帰ってきたのでガッカリした。エリカはフーフーッとコーヒーを冷ましながら呟いている。

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