あなたの傷痕にキスを〜有能なホテル支配人は彼女とベビーを囲い込む〜
 彼は里穂の腕をつかむや、ものすごい勢いで外に出ようとする。
 里穂は彼を引き止めた。

『お父さんとお母さんがっ』

 里穂が訴えれば怒鳴り返された。

『二人とも無事だから! 連れてってあげる!』

 彼に手を引かれて、つまづきそうになりながら必死に走る。

 不意に手を異様に強く掴まれた。

 あまりに痛くて力を緩めてもらおうと、声をかけようとして悲鳴をあげた。

 少年の背中が燃えている。

『ウ』

 呻きながらも少年は彼女の手を離さない。

『里穂っ!』

 両親のところまで里穂を送り届けてから、少年は地面を転がり回った。
 繊維と肉が焦げる匂い。

 里穂はそれから気を失った。



「……それから記憶があるのは、両親と火災調査官と一緒に焼け跡に立っていたところからなの」

 旅館は風光明媚な立地に建てられており、権力者から譲るよう度々求められていたが、両親は承諾しなかった。

 おそらくそのためだろう。嫌がらせをされるようになり、客は皆無に近かった。

 旅館の火事は放火されたのだと両親は訴えたが、暗に里穂の火遊びだと結論づけられてしまった。

 子供の失火との噂があっというまに広がり、周囲は家族を糾弾し始めた。
 
 両親は弁護士、警察署はては探偵事務所まで調査を依頼するもことごとく断られ、あるいは里穂が原因だと断じられた。
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