あなたの傷痕にキスを〜有能なホテル支配人は彼女とベビーを囲い込む〜
 ガタガタと震えている彼女を守るように、慎吾は改めて男との間に立ちはだかった。

「あさましくも生きていたのか。とっくにのたれ死んでたと思っていたぞ、この放火魔が!」

 戸黒の発言に、ざわりと周りの空気が揺れた。

 一気に周囲の目が、里穂と慎吾そして慎里までを犯罪者にする。

 慎吾が極寒の視線で男をにらむが、男は勝ち誇ったような表情で慎吾を嗤う。

「どこの馬鹿者か知らんが、こんな女に騙されるとはたかが知れてる」

 慎吾は口を聞かないが、里穂にはビリビリとした彼の怒りが伝わってきた。

 彼は前髪を下ろし、メガネもしていない。
 慎里と遊ぶべく、ジーンズにトレーナー、デッキシューズという気軽ないでたち。

 メディアが報じている慎吾は髪をきちんと整え、オーダースーツを着こなしメガネをかけたエグゼクティブだ。

 男は、エスタークホテルチェーンCEOの首席秘書がプライベートで遊びに来たなど、予想だにしていないのだろう。

 慎吾が里穂の手を握ってくれていたので、彼女は卑怯だと思いつつも息を潜めていた。

「この女はな、両親の経営していた旅館の厨房で火遊びをして全焼させたんだ! おまけに宿泊客に大怪我をさせおった!」

 得意げに放たれた大音声に里穂はびくついた。

 目の前には十五年間のように、逞しい慎吾の背中がある。

 そうだ、今の自分には守ってくれて愛してくれる男がいる。

 現在の情景にあの時の記憶が重なる。
 あの時も今も、慎吾が里穂の傍にいてくれる。
 怖いことは何もない。

 不意に、脳内に映像が浮かび上がった。

 
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