あなたの傷痕にキスを〜有能なホテル支配人は彼女とベビーを囲い込む〜
「厨房はここ」

 震える声で彼女が指差した場所は、山小屋の目の前。
 方角で言えば南側で食堂の真下だ。

「確かに厨房で火が出てたら、里穂達ご家族は焼け死んでいた」

 里穂の主張を認めた上で、慎吾が冷静に告げる。

「……ご両親はかなり前から嫌がらせをされていたんだろう? ご家族、とりわけ君を危険に晒していた。ご両親は早々に奴に土地を売るということを考えてもよかったかもしれないな」

「そんなこと!」

 里穂が慎吾をにらんだ。

 山小屋には泊まった人々と祖父母が写っていたり、幼い父が山男達に肩車をしてもらっている写真があった。

 おそらく父は、祖父から受け継ぎ己の手で少しずつ拓いていった土地を、家族同様に愛していたのだろう。

 ……激しかけた里穂は視線を慎里に向けた。
 ふっと、頭が冷える。
 里穂には慎吾と慎里が何より大事だ。

 歯向かうことで二人を危険に晒すなら、里穂は尻尾を巻いて逃げる方を選ぶ。

 後々、自分のプライドに罵られようが、動かぬ二人を抱きしめて悲憤の涙に暮れるよりはマシだ。

 ……自分と両親の名誉など、飲み込んでみせる。
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