あなたの傷痕にキスを〜有能なホテル支配人は彼女とベビーを囲い込む〜
 過去を、両親と幸せに暮らしたあの場所を忘れはしない。
 けれど。

 ——お父さんやお母さんは私に復讐をさせたいと思ってる? 愛してる男性や息子を棄ててまで里穂が暗い道を歩むことを望んでいるだろうか。

 違う。
 里穂の幸せを一心に願ってくれた両親がそんなことを考えるはずがない。
 自分なら、慎里に自由になれと言うだろう。

 決めた。
 自分は未来を向いて歩む。
 
 ——お父さんお母さん、ごめんなさい。私、慎吾と慎里と幸せになるね。里穂は、いったん目を閉じた。まぶたを開けると、大好きな人に微笑みかける。

「よく眠れたか」

 にやっと笑う悪い顔は里穂の一番好きな表情。
 一瞬で里穂を明るい気分にしてしまう。

「おはよう、慎吾」

 挨拶をすれば慎吾はさらに顔を近づけて彼女の額にそっと唇を落とす。
 ぎゅ、と抱きしめてくれた。

「おはよ、里穂。今日もいい天気だぞ」

 瞳を覗き込まれた。

「具合はどうだ?」

 慎吾に訊ねられて、里穂はベッドの中でうーんと伸びをした。
 快調だ。どこもなんともない。慎吾に聞いた。

「私、何時間くらい寝てた?」

「『遊びの王国』から帰ったあと、熱を出していたから一週間くらいかな」

 目がパチリと醒めた。
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