あなたの傷痕にキスを〜有能なホテル支配人は彼女とベビーを囲い込む〜
 改めて胸が締め付けられる。

 置いていくのは辛かったが、置いて行かれた方も悲しかったのだ。あの日からずっと慎吾が諦めないでくれたから、自分は彼の許へ戻ってこれた。

「もう慎吾の腕の中から出て行かないから」

 覚悟を伝えたのに。

「それだけじゃ足りない」
「え?」

 里穂が慎吾の顔を見上げると彼はじいっと彼女の顔を見つめていた。

「結婚して」

 慎吾は彼女の答えを待っている。

 大好きな人の腕の中にいて、これ以上ないほど真剣な双眸で見つめられて断れる女がいるんだろうか。

 彼もだが、自分すら待たせてきた。
 ようやく里穂はYESと答えられる。 

「……返品不可だから」

 彼女が震える声で答えると、慎吾はしっかりと抱きしめた。

「望むところだ!」

 何度か互いの唇の柔らかさを味わった後、里穂はあることを思い出した。

「慎吾に見て欲しいものがあるの」

 身を起こすと、バッグから取り出した携帯の電源を入れた。

 ……いつだったろうか。里穂と慎里がうたた寝していた時、慎吾がつぶやいていた。

『慎里、お前がここまで育っていく時間を見守りたかった。里穂、大変だったろうに君を助けてやれなかった……すまない』

 すぎた時間は戻らない。けれど、これから与えられるものはある。

 
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