あなたの傷痕にキスを〜有能なホテル支配人は彼女とベビーを囲い込む〜
「でも」

 里穂は青ざめながら言った。

「私、慎里がそんな目に遭わされたら、相手のことを許せないです」

「私もよ。けれど、あの火傷を負った後立ち直ろうとしている慎吾を見て、『ああ、この子は私とは別の人生を歩もうとしてるんだ』って思ったの」

 どういうことだろう。
 義母は義母、慎吾は慎吾ではないか。

 意味がわからないでいると彼の母が微笑んでくれた。

「本当はね、生まれ落ちた瞬間から。ううん、お腹の中に宿ったときからこの子は私と別の人格を持った一人の人間だったのに、私は彼の自我を自分と同一化してたの。あの火事の後、ようやく子離れできたのよ」

 はっと里穂が目を見開いた。

「護孝君と旅行したのは慎吾の意志。火に飛び込んで里穂さんを助けたのも彼の意志。だからね、私ができることは火傷してうんうん唸っている慎吾の着替えを運ぶか、『馬鹿な息子だこと、私に手間をかけさせるんじゃないわよ』って着替えを運ばないかくらいなの」

 ボロボロと涙をこぼす里穂に彼の母は微笑んでくれた。

「あなたが慎里ちゃんを大事に育てているのがよくわかるわ。里穂さんはとてもいいお母さんよ。あなたが慎吾の子を産んでくれて嬉しい。孫をありがとう」

 なんといい人なんだろう。
 この女性に育てられたから、慎吾はこんなにも素敵な男性になったのだ。

 里穂が感動していると、あらためて話しかけられた。
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