あなたの傷痕にキスを〜有能なホテル支配人は彼女とベビーを囲い込む〜
 夜も更けて隠岐一家が引き上げると、里穂と慎吾と慎里の三人はそのまま深沢家の客間に泊まらせてもらった。

 慎里は祖父母が一緒に寝たいと連れて行っている。

「疲れただろう」

 肩に頭を預けてきた里穂を慎吾が優しく抱き締める。 

「ううん。皆さんに歓迎してもらって嬉しかった」

 言葉とおり、嬉しそうな里穂の声。
 楽しそうに慎吾が笑う。

「お袋が手ぐすね引いてたぞ。『里穂さんと慎里ちゃん、どっちかを絶対に二代目社長にしよう』ってな」

 里穂の顔に慎吾がキスを降らす。

「慎里の選択肢が増えちゃったな。旅館の若旦那になりたいかも知れないし、和雅坊の秘書になるか、官僚になるか」

 和雅とは隠岐の長男で、慎里と同い年である。
 やおら、里穂が彼の顔を押しのけた。

「……慎吾、前に自分のご家族のことを『親父は課長止まりでお袋は八百屋のレジ打ちだ』って言ったよね」

 義両親への挨拶を済ませた後、慎吾が本当のことを告げたので里穂はパニックになりそうになった。

「言ったな」

 慎吾は、彼女の手のひらを舐めた。
 びっくりして手を離した里穂の動きに乗じ、愛妻の耳や首筋にキスしだした。

「なんで嘘を言ったの」
「嘘じゃないさ」

 彼女が文句を言い出す前に、慎吾は先手を打つ。

「あの時に官僚と社長と知れば、里穂はどうあっても俺から逃げたよな?」

「…………うん」

 懲らしめとばかりに慎吾が里穂の鎖骨にきつく吸いあげる。

「自分に誇りと自信を持てて、俺に堕ちたら知っても逃げないだろう?」

 その通りだったが、少し悔しくなった里穂は自分の胸の上に伏せている慎吾の髪を引っ張ってやった。

「いたずらな手はおしおき」

 両手首を捕まれ、敷布に縫い止められる。二人の指が絡まり合う。

「慎里が」

 与えられる刺激に反応しつつ、天井を薄目で見るともなしに見ていた里穂がつぶやく。

「ん?」

 慎吾は彼女を高めながらも、きちんと問い返す。

「どんなことでもいい、好きな道を歩んでくれればいい」

 里穂はささやいた。

「そうだな。慎里がどんな道を進んだとしても、あいつの親父みたいに、素敵なお母さんと結婚できれば問題ないさ」

 一生持つことが出来ないと思っていたものが里穂の手の中に、そして彼女の周りにある。

「慎吾のおかげで、私に新しいお義母さんやお義父さんができたよ」

 彼女の双眸から涙が溢れて落ちた。慎吾は里穂にかがみこんでキスをした。

「そうだ。君には俺も、慎里も両親もいる」
「慎吾……」

 里穂が夫の首に手を回し、慎吾は妻の後頭部と腰を抱き締める。二人は深い、深い口づけを交わした。

 はあ、と息継ぎのため唇を離すと。

「ようやく里穂を『恋人』だけではなくて『妻』だと言える……」

 吐息のように呟かれて、里穂は甘い快感に身を任せた。
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