あなたの傷痕にキスを〜有能なホテル支配人は彼女とベビーを囲い込む〜
「大丈夫か」

 長時間トイレに篭っていた妻を気がかりそうに夫が気遣う。

「おかしゃ」

 抱っこしてもらい、父親のセーターを掴んでいる慎里も不安そうだ。

「あのね」

 どう言えばいいのだろう、この幸せを。

 里穂はワクワクしていた。

 今度こそ慎吾と妊娠期間を共に出来るのだ。
 大変なこともあるけれど、命が育っていく時間を慎吾にも共感してほしい。

 里穂は微笑んだまま、自分のお腹に手を当てた。

 慎吾が目を見張る。そして、くしゃと顔を歪めると破顔した。慎里を抱いたまま、妻の肩に顔を埋めた。

「ありがとう」

 その声が涙に濡れていたのを、里穂も泣き笑いしながら聴いた。

「こちらこそ、喜んでくれてありがとう」

 二人は慎里を間にして、しばし抱き合う。

「おかしゃ……、おとしゃ」

 慎里が不安そうな声を出したので、里穂が微笑みかけてやる。

「慎里ね、お兄ちゃんになるのよ」
「おに、ちゃ?」

 息子の不思議そうな声に、慎吾がガバと顔をあげた。

「病院! どうしようか」

 堕ろすと言う選択肢が、夫にないのが嬉しい。勿論、自分もだ。

「うん……、慎里の時は社宅に一番近いところにお世話になったんだけど」

 里穂は妊娠の可能性を思いついてから別の医院にかかりたいと考えていた。

「この家から遠いよな。ひかるさんに訊いてみるか?」

 隠岐CEOと慎吾は二人で行動することも多いから、車で五分と離れていない場所に住んでいる。

「ちょっと待って。自分でこのへんで調べてみるから。……あと、隠岐夫妻にはまだ内緒にしてもらっていいかな」

「なんで? ……ああ、そうだな」

 この喜びは、深沢の両親と里穂の亡き両親にまず伝えたい。

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