恋愛したことのない仕事人間が、真っ直ぐに愛を告げられまして。



 看護師さんは奥にある鍵が保管されている場所へと行ったのですぐ近くで待つことにした。すると「ちょっとお姉さん!」と呼ばれて振り向く。八十代くらいの女性だった。少し興奮しているようだ。


「どうされました?」

「あのさ、私ね家に帰りたいのよ。家でお父さんが待ってるの! だから玄関を教えて欲しいんだけど、どこか知ってるかい?」

「すみません。私、ここに初めて来たのでわからないんです。すみません」

「そんなこと言わないでよ、私、帰らないと怒られちゃうの……」

「そうなんですね。じゃあ、私から連絡するから少しだけ歩きませんか?」


 私は、以前介護施設で働いていた時にやっていた切り口を使ってそう問いかけた。


「いやだよ! ならいい、私探すから!」


 そう言い、暴言を吐いた。その後、興奮したように自分の持っている杖を振り回した。


「……危ないですから、振り回さないでください」


 私の声は届かず、今も興奮状態で振り回している。このままじゃ、他の利用者さんに被害が出るだろうと思い彼女の真正面に立つ。わかっていたはずだ、分かっていたのに……これでは殴られに行ったようなものだ。


「……っ……」


 案の定、私は肩と頭を殴られてしまった。その時、三年前の出来事がフラッシュバックした。興奮している顔と、椅子を振り回す男性……が。


「……だ、大丈夫!? ちょっ……誰か!」


 看護師さんは私が殴られたのを見て、女性に近づいて杖を取り上げて落ち着かせるように近づいた。それと同時で、背後から「千花ちゃん!?」と声がして、なんだか安心してしまったのか力が抜けてその場に座り込んでしまった。





 
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