"ぶっきらぼうで笑わない女神"の恋愛事情
「お二人とも、優しすぎます」

「そう?僕は真琴さんの方が優しいと思うけどな。そうだよね、兄さん」

ふたつの穏やかな笑顔が真琴を包み込んだ。


「さっ、というわけで、僕は引っ越すことにします」

「は⁉︎」
「え⁉︎」

突然の引っ越し宣言に、視線は洸平に集中する。

「だって、部屋が足りないんだもん」

部屋が足りない?真琴はあたりを見渡した。
この広々としたリビングダイニングに、部屋と思われるドアが4箇所はある。恭平の部屋もかなり広かった。どこをどう見ても広過ぎるくらいではないだろうか。

洸平はおもむろに立ち上がり、真琴が視線を飛ばしていたドアを次々に開けていった。

「ほらね」

真琴は開け放たれたドアの向こうに収められた多くの品々に目を奪われた。ファンから贈られたであろう多くの想いが、部屋いっぱい綺麗に陳列されている。なるほど、これでは部屋が足りないというのも納得だ。しかし、事務所からはプレゼント等の物品はなるべく送らないよう通達されている。それでも禁止というわけではないので、何かを贈るという行為によって、溢れる想いを消化しているファンも少なからずいるのだろう。

「これは凄いですね」

「でしょ、もうどうしようかと思ってたんだぁ」

「洸平、俺は聞いてないぞ」

「うん、ごめんね、兄さん。でも、実家だから」

「実家?」

「うん、考えてみたらさ、実家の方が広いし、使ってない部屋もたくさんあるでしょ」

「まぁ、そりゃそうだが」

「今ちょっと新しい仕事が入ってバタバタしてるから、落ち着いたら引っ越すね。多分2ヶ月後かな」

寝耳に水、といった恭平の呆気に取られた表情は、次第に柔和なものになっていった。
その表情は、弟を温かく見守る兄そのものだ。
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