婚活
和磨もこちらの存在に気付いたのか、一瞬、目が合った途端、立ち止まってタバコに火を付けている。それからお互いに歩みを進め、もうすぐすれ違う距離までになった。心臓によくないな。酔いが一気に覚めた気がする。
「こんばんは」
和磨ではなく、彼女が話し掛けてきた。
「こんばんは。今から帰られるの?」
「はい」
「気を付けて」
「はい。なぁんだ、珠美さん。デートだったんですね。それならそれと、昼間言ってくれれば良かったのに」
はぁ?
何故に、この子に珠美さんとか、馴れ馴れしく言われなきゃいけないんだ?
「えっ?あぁ……まぁ、いろいろあってね」
「久美子。行くぞ」
「う、うん。それじゃ、また」
「……」
「おやすみなさい」
エッ・・・・・・?
私が言い淀んでいるのがわかったのか、加納さんが代わりに言ってくれていた。驚いて加納さんの顔を見ると、その横を和磨が通り過ぎようとしていて目が合ってしまい、慌ててまた加納さんに視線を戻す。しかし、何事もなかったように加納さんは歩き出した。その後を私も追い、横に並んで歩き出す。
「沢村さん」
「はい」
「さっきの話しだけど……。沢村さんは、今すれ違った彼の事、本当は好きなんじゃない?」
「加納さん……」
何でそんな事聞くのよ?
「ち、違いますって。和磨は弟の友達で、小さい頃から知ってるだけですよ」
「本当にそれだけ?」
「えっ?」
本当にそれだけって。
「そ、それだけですよ?他には何もないですって」
焦って説明している自分で自分に驚いている。
「何かさ。いやらしい言い方かもしれないけど、あの彼と一緒に居た女性を見る沢村さんの表情が、とても険しかったから」
加納さん。
「俺には自分の気持ち偽らないで言ったとしても、何ら問題もないと思うけど?」
「……」
加納さんはいったい、私に何を言わせたいんだろう?
「加納さん。いったい、何がおっしゃりたいんですか?」
加納さんの顔を睨むようにして、ギュッと手で拳を作った。
「前にも言ったと思うけど、自分の大切な人はいつまでも傍に居るとは限らない。ちゃんと、自分の気持ちを伝えなきゃ駄目メだって事」
「加納さん……。私……」
すると加納さんは、頷いてくれていた。
どうして、涙が出るんだろう。
どうしてこんなにも、悲しい気持ちになったんだろう。
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