婚活
「でも、どう考えても……無理なんです。あの彼女が居るのにそんな事言えないし、言いたくないです」
瞬きと同時に、涙が零れた。
「やっと……」
エッ……?
「自分の心の内側のドアを開けられたね。人間は結果ばかりを気にして、封印しちゃう事が多いんだけど、結果を気にしてちゃ、出来ない事も多いし……。沢村さん?これは沢村さんにとって、僕からみたら婚活の第一歩だとも思えるよ?」
「加納……さん」
そのあとの言葉が続かず、ジッと加納さんを見上げると、加納さんも私を見たまま黙っていた。そして加納さんがごく自然に私を引き寄せ、そっと抱き締めてくれた。
「心が泣いている時は、人肌に温まるのがいちばん効果的なんだよ」
「……」
加納さんの言葉のひとつひとつが、心に染み入るようだった。この人は、人の心の中が見えるのかな。
暫く、時が止まったように加納さんに静かにすがるようにして泣いていたが、どちらからともなく離れ、もう一度、加納さんの瞳を見た。
「ごめん……。つい……」
黙って恥ずかしさから俯いたまま、首を横に振る。
「君……」
エッ……。
先ほどまでの声のトーンとは違う加納さんに顔をあげると、加納さんの視線は私の後方を 見ていたので、ゆっくりと後を振り返る。
「和磨」
後から、和磨がこっちを見ている。慌てて加納さんの方に向き直った。
「沢村さん。俺はここで帰るから、後は彼と帰るといい」
「加納さん」
加納さんが、ポンッと私の右肩を叩いた。
「ほら、早く行かないと、彼、行っちゃうよ?」
見ると、和磨が加納さんと私の横を何も言わずに通り過ぎて行った。
「沢村さん。追い掛けていって声を掛けるのもいい。そのまま声を掛けずにいてもいいんだ。それは、沢村さんの自由な気持ち次第なんだから」
「加納さん」
「どっちにしても、このまま二人で彼を見送るのはよくない」
「……」
「沢村さん。貴女らしい婚活を始めなきゃ」
私らしい婚活?
「いつまで逃げていても駄目でしょ?ほら、行った!」
加納さんに、無理矢理廻れ右をさせられて背中を押された。
「おやすみ」
「お、おやすみなさい」
加納さんは背中を向け、駅に向かって歩き出して行ってしまった。その背中を見て静かに前を向くと、だんだん遠くなっていく和磨の背中が見えた。和磨の頭の上で、タバコの煙が燻っている。
追い掛けていって話し掛ける?
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