婚活
自力で立ち上がりながら和磨の名前を呼ぶ。何気ない和磨との会話。これからもこんな風に話せるのかな?何となく、もう無理なような気がする。でも変わらないでいたい。和磨にも変わらないでいて欲しいから。
「もう、あんな事しないでよ。もし彼女が知ったら悲しむから」
「彼女か……」
和磨は両手をポケットに入れ、立ち上がると天井を見上げた。
「それじゃ」
靴を履きかけた私の横で和磨もサンダルを履いた。このサンダルが履きたくて教師になるんだった。来年からは和磨と同じ会社じゃなくなって、和磨は念願だった教師になる。良い機会なのかもしれない。
「おやすみ」
玄関のドアを開けた。
「俺の勘違いだったみたいだな、珠美。悪かった」
和磨……。
「そ、そうよ。本当に和磨の大きな勘違いよ。それじゃぁね」
玄関のドアを閉め、急いで門扉を開けて道路に出た。
勘違いって、何よ?
朋美の妊娠の事?
それとも加納さんの事?
何を勘違いしてたっていうの?
どちらにしたって和磨の大きな勘違いよ。思いを巡らせる暇もないまま、家に着いてしまった。本当の婚活の始まり……。加納さん。私、やっぱり言えなかった。和磨に自分の思いは告げられなかった。今の関係を失いたくなかったから。ううん、それは建て前の言い訳で、本当は和磨にフラれるのが怖かったから。
夜空を見上げ、必死に涙を堪え泣き濡れた目を乾かしながら玄関のドアを開けようとした。
「珠美。待てよ」
「和磨……」
息を切らせながら、和磨が路地を曲がってこちらに向かって走ってきた。
「俺、珠美に言ったよな?」
「な、何?」
和磨。いきなり何なの?
「長年一緒に居たりとか抜きにして、自分が大事な彼女の事だったらちょっとした変化も見逃さずに見てるって。だからもし彼女が不安そうな顔してたら、男だって普通、気付くはずだって」
朋美の妊娠の事で和磨に聞いた時、確かに和磨はそう言っていた。
「俺は、珠美の変化を見逃さねぇよ」
和磨。
「今夜は、俺だけが知ってる珠美でいろよ」
そう言うと、和磨は手を差し出した。
「俺の手を掴むか、掴まないかは珠美。お前に任せる」
「……」
差し出した手を見て、和磨を見上げた。黙ったまま、和磨はジッと私を見ている。
いったい何を考えてるの?
彼女が居るのに何故、そんな事言うの?
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