婚活
冷たい和磨の声が背中に浴びせられた。そう思ってればいいよ、和磨。私も和磨の事は、今日を境に吹っ切るつもりで今、駅に向かっているんだから。裕樹と和磨の嘲笑とも取りようによっては取れるような会話を、遠ざかりながら微かに耳にしても振り返る事はしなかった。みんなもう、それぞれ大人になったんだ。自分の事をいちばん理解してくれる人を見つける歳になったんだよね。電車に乗りながら、悟りの境地を開いているようだ。
降りる駅が近づき、加納さんに聞いてもらいたい事を頭の中で整理する。あの日、和磨には自分の気持ちを伝えられなかった事。和磨が何故か、自分にしとけばいいと言っていた事。それでも彼女の事が気になって、怖さが先にたち何も言えなかった事。その彼女だと思っていた子は実は彼女ではなく和磨には別に彼女が居たが、その彼女とは最近別れていた事。そして……。幸か不幸か、加納さんも会ったあの久美子という子の告白を、和磨が 受け入れた事。加納さん。私は……。
「こんばんは」
加納さんはもうすでに居酒屋にいた。
「すみません。お待たせしちゃいました?」
「いや、タッチの差で今来たところ。このとおり、まだ何もオーダーしてないから」
「そうですか。良かった」
「何、飲む?」
「え-っと、中ジョッキで」
今日は悪酔いしそうだから、ほどほどにしておこう。オーダーした中ジョッキを、時間を掛けて飲もう。ひととおり、加納さんがオーダーしてくれて何に乾杯なのかはわからなかったが、取り敢えず乾杯をした。
「で……彼には、ちゃんと言えたの?」
加納さんの言葉に首を横に振った。
「そう。自分でその事に納得してる?」
エッ……。
和磨に自分の想いを告げなかった事に対して、自分で納得している?
「よく……わからないんです」
「わからない?」
加納さんにこの間から起こった出来事を、最初から説明した。その間、加納さんは黙ったまま私の説明を聞いてくれていて、一度も途中で口を挟む事はなかった。
「これがさっきまでの出来事なんです」
加納さんにここに来る時、裕樹と和磨にあった事も話した。不思議と加納さんを前にすると素直に話しが出来る。
「そう……。それで沢村さんは、どうしたいの?」
「どうしたい?」
「うん。例えばだけど、和磨君をその新しい彼女から奪いたいとか思ったりしてる?」
奪いたい?
「そ、そんな事、考えてないですよ」
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