婚活
「冬の匂いって、ありますよね?」
「ある、ある。何とも言えないひんやりとした空気とか、暖房してると独特の部屋の匂いとかするよね」
「あぁ、それわかります」
やっぱり感性が一緒なんだ。加納さんと私。話しに夢中になっていて、和磨の家に曲がる路地をいつの間にか通り過ぎていた。
「あっ。もう、ここで大丈夫です。今日は本当にありがとうございました。お陰様で、明日からまた頑張れます」
「それなら良かった」
「それじゃ、また。おやす……」
自分の家の方に曲がる角で、加納さんと別れようとしていた私の視界に、家の前に和磨が座っているのが見えた。
「沢村さん。どうかした?」
塀が死角になって、加納さんの立っている位置からは和磨の姿は見えない。
「和磨……」
私の声に和磨は立ち上がって、こちらに向かってきた。そして加納さんも私の声で2、3歩前に進み、塀の死角から出ると和磨の姿を見つけていた。
「珠美。お前に話しがある」
エッ……。
すると突然、和磨の姿が見えなくなった。何故ならそれは、加納さんが私の前に立ったからだった。
「その前に、僕も君に話しがあるんだが……」
「加納さん?」
加納さんの背中に向かって呼びかけると、加納さんは穏やかな顔をして振り返ったが、その目はとても鋭い目をしていた。向き直った加納さんの視線を外すこともなく、和磨も加納さんを直視している。
「君は人の心に対して容易く考えているようだが、人の心というのはそんなに器用にすぐには表に現せないものなんだ。いきなり素直になれと言われて、君は素直になれるかな?」
加納さん……。
「……」
「今は、お金さえあれば何でも手に入る時代。それでもそのお金を持ってしても人の心だけは動かせなかったりするのは、どんな人でも自分の心のうちは純粋だからなんだよ。誰しも素直になりたいと思っても、実際、大人になればなるほど素直になれなかったりもする。君がいろんな女性を沢村さんに会わせるのは自由だが……しかし、沢村さんにも君と同じように生きた心を持っているって事を忘れないで欲しい」
いったい加納さんは、何を和磨に言いたいの?
「それを知ってて沢村さんに接してるとしたなら、沢村さんを悲しませるだけだからもうやめた方がいい」
「俺が、珠美を悲しませてるとでも?」
和磨……。
< 141 / 255 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop