婚活
きっと私、酔ってるな。元来、こんな大胆な事を平気で本人に面と向かって聞けるほど、強靱な心臓じゃない。普段は、もっと小心者なんだ。

「あぁ……。あれ?あれは、彼女はいるような、いないようなって感じだから」

「そう……なんですか」

何となくだけど、熊谷さんの彼女の存在のフィーリングは、わかった気がした。

「沢村さん。どうかした?」

もっと熊谷さんの事、知りたいな。知ってどうすると聞かれると返答に困るが、そんな彼女がいても何となく知りたいと思える熊谷さんって、どんな人なんだろう。

「いえ……。何でもないです。あっ、もうそこなので。わざわざすみません、ありがとうございました。おやすみなさい」
お辞儀をした私に熊谷さんが一歩踏み出し、ごくごく自然に私の耳元に顔を近づけた。

「今夜は、楽しかった」

エッ……。

そう囁くと、そっとこめかみにキスをした。

嘘……でしょ?

熊谷さん、彼女いるんだよね?

こめかみとはいえ、いきなりキスをされ驚きと戸惑いから一歩下がって熊谷さんを見ると、熊谷さんが、小首を傾げて微笑んでいる。

「何?」

「な、何って……。その……」

返答に困っている私に、熊谷さんがじわじわと先ほどの一歩下がった距離を縮めるべく
近づいて来ている。熊谷さん、ひょっとして手が早い?完璧に、向こうのペースにのみ込まれている。

熊谷さんの右手が私の左肩を掴み、驚いた私は思わず飛び上がりそうになって、反射的に両肩を持ち上げた。

困った。この雰囲気は、まずいよ。

うわっ。

ギュッと、私の左肩を掴んでいる熊谷さんの右手に力が加わった。引き寄せられる……。そう感じ取った私は、目を瞑ってしまった。

「また、会社で」

エッ……。
先ほどの私の感性は、とんでもない妄想と願望だったようだ。目を開けると熊谷さんは、すでに私に背中を向け歩き出していた。

不服とも不満とも落胆とも取れるような、微妙な気持ちで熊谷さんの背中に小さく呟く。

「おやすみなさい……」

それにしても熊谷さんは、いったい何を考えているんだろうか。

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