婚活
「珠美さぁ。もっと状況判断見極めてから、人の車から降りろよな」
「……」
何を言われても今は仕方がない。そんな私を察してか、和磨もそれからはひと言も口を聞かずに運転をしていた。見覚えのある通りに差し掛かった時、信号待ちで助手席の窓から空を見上げていると、泣きたい気分でいっぱいだった私の右手を黙ったまま和磨がギュッと握った。重なった手に視線を移し運転席の和磨を見たが、何も言わずに信号が青に変わり握っていた和磨の手も離れ、また先ほどと同じように重苦しい空気が車内に流れていた。
「難しいな……恋愛って。受験勉強より難問山積みで、練習問題ばかり出されてる感じだ」
和磨……。
「模範解答本なんてないし、予測不可能だし……」
和磨の言いたい事が痛いほどよくわかった。純粋に好きという気持ちだけで、ただそれだけで突っ走れたらどんなに楽なんだろう?こんなに付き合う事に悩んだ事など今までなかったのに、何が私をそうさせているんだろう?
「昔のように……俺達、戻れるのかよ?」
「えっ?」
「珠美は言ったよな?昔のような関係で居たいって」
「それは……」
和磨の声が遠くで聞こえている。もしかして和磨に取り返しのつかない事を言ってしまったのかもしれない。目の前が気持ち悪くグニャッと歪んだ。もう殆ど家の傍まで来ていたが、路肩に駐車した和磨がおもむろに靴を脱ぎ膝を抱えると、膝頭に額を押し付けた。
和磨……。
しかし和磨は何を思ったかまた靴を履き、突然、運転席から降りるとすぐ傍の自販機で 缶コーヒーを買って戻ってきた。運転席に座ると、私にその1本を差し出した。
「ありがとう……」
木の芽時の独特の肌寒さなのか、缶コーヒーを手にした温かさにその温度で季節を実感する。缶コーヒーをひと口飲んだ和磨が、こちらを見ているのがわかった。
「ずっと押し隠していた心のいちばん奥の扉を、珠美が叩きつけたんだ」
エッ……。
「返事をしなきゃ、良かったよな」
「和磨」
和磨と付き合い始めてからの事を思い返し、考えを巡らせていた。
「俺が珠美を大切にしたいと思っても、あまり会えない分、お互いに不安にならないよう 俺が珠美を求めても、珠美はちっとも俺に甘えて来ないし頼っても来ない。俺じゃ、役不足だって事がよくわかった」
「ち、違う……。それは違うよ」
否定している自分が虚しかった。
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