婚活
男の人を真面目な角度から、ちゃんと見たことはなかったかもしれない。良い機会だから、加納さんの事をちゃんと見てみよう。
「あっ、まずい。こんな時間だ。彼氏帰って来ちゃうから、 私そろそろ帰るわ」
「それじゃ、今日はこれにて解散としますか」
「うん」
由佳のそのひと言で立ち上がり、家路を急いだ。
この前とは違った角度で、加納さんを見る事もありかな。駅からの帰り道、空を見上げながらある程度の妥協も必要なんだと、そんな風にあくまで理想は理想と思えるようになった自分に少しだけ驚きながらも、世の中には星の数ほどいる男と女だからどこでどうなるかわからないと、未だに僅かながら望みを捨てていないもう一人の自分も居て……。
偶然と不思議な縁に期待に胸を膨らませながら、足取り軽く路地を曲がる。
あれっ?まただ。また後ろの人も、同じ路地を曲がった。駅からの道程、同じ方向の人はよく居るのでおかしくはないが、家までの距離でこう何度も同じ路地を曲がるほど重なることは珍しい。すると先ほどからずっと聞こえていた後ろの誰かの足音が、だんだん近づいて来ているみたいで大きくなっているのがわかった。
まさか……。痴漢?
後を振り返るのも怖く、余裕がないまま何気なく早足で歩き出す。すると後から聞こえてくる足音も、同じように早くなっていた。
どうしよう……。最近、ここら辺に変質者が出るので要注意と回覧板が回ってきたと母親が言ってた事を、こんな時に思い出してしまった。次の角を曲がったら、走ろう。そう心に決めて角を曲がった途端、全速力で走り出すと、後から聞こえてきていた足音も同じく走り出したのか走りながら振り返ると、みるみる間近に迫ってきていた黒い人影が近づいてくるのがわかった途端、いきなり知らない男に両手を広げて私の両肩を思いっきり引っ張れて掴まれ、羽交い締めにされた。
「やめて!離して」
必死にもがきながら一旦は男を振り払い逃げ出したがバッグを掴まれてしまい、また羽交い締めにされて地面に押し倒されてしまった。
咄嗟に起きあがろうとして男を突き飛ばし、お尻を地面についたまま両手両脚を使って 後ずさりをするが、男がゆっくりとこちらに向かって歩いて来た。
誰か……。助けて。しかし、怖くて声が出ない。
不気味が笑いを浮かべながら男が私の目の前に立ち、右手で私の髪の毛を掴んだ。
痛っ……。
「離してよ!」
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