婚活
反対に親指に人差し指をくっつけようとしても親指を人差し指に近づけなければくっつける事が出来ないんだ。思わず熊谷さんがやって見せてくれた事を、自分でもやってみる。
「親指が人差し指の方に歩み寄らなければ、永遠にその離れた距離は縮まらない」
熊谷さんは、何が言いたいんだろう。
「俺から歩み寄っても微動だに動かず、少しだけ歩み寄ってくれてはいても最終的には 俺が歩み寄らなければすべては上手く行かない。つまり……。俺が親指で、彼女と呼べるのかどうかはわからないが人差し指が相手って事」
「熊谷さん……」
親指が熊谷さんで、人差し指が彼女らしい人。熊谷さんから歩み寄らなければ、すべては 上手く行かない。その彼女らしい人は、いったい……。
「変な事、聞いてもいいですか?」
「別にいいけど。変な事って経験数とか、その手の話しはタブーな」
ブホッ。
経験数とか聞かないし、聞けないし。熊谷さんだけあって、聞くのも怖い。きっと両手足だけじゃ、足りなそうだよ。
「何?」
「えっ?あぁ、あの……。何故熊谷さんが歩み寄らなければ、すべては上手く行かないんですか?」
「あぁ、その事?いろいろあるんだよ。男と女だから」
男と女だから?
「男と女だからって、それって気持ちに温度差があるとかですか?」
「気持ちの温度差ねぇ。まぁ、そのうちまた機会があったら話すよ。それじゃ、おやすみ」
あっ。ちょっと、狡くない?それじゃ、まるで言い逃げのような感じで気になって仕方ないじゃない。
「熊谷さん。ちょっと待って下さ……」
「おやすみ」
熊谷さんは私に背を向けたまま、手を振りながら行ってしまった。
もぉ、何?
勝手に言って勝手に帰っちゃうなんて、まるで利己中心的。そんな男でも、なさそうだけど……。曲がり角を曲がり、見えなくなるまで熊谷さんの背中を見送っていたが、不完全燃焼で喉に何かが引っ掛かってる感じ。でもきっと、そのうちまた話してくれるかもしれないし、それまで私も少し腰据えて、真面目に婚活に取り組もう。取り組もうっていうのは、少し大袈裟かもしれないけど30なんだから、ちゃんとそろそろ自分と向き合ってみよう。
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