婚活
表通りに、ハザードを点けて車が一台停まっているのが見えた。多分、あの車かな。足早にその車に駆け寄り助手席側から運転席を覗くと、やはり予想通り熊谷さんが乗っていて、そんな私に気付き助手席側の窓を開け、助手席の方に少し寄って顔を覗かせてくれた。
「乗って」
エッ……
―珠美。行かない方がいい―
和磨の言葉が不意に蘇ったが、会社も一緒だし見ず知らずの人とは違うから大丈夫だろうという思いの方が今は強い。
「はい」
助手席のドアノブを持ち、ドアを開けた。
「珠美!」
この声は、和磨。
もう、何でまた来るのよ。うんざりしながら後を振り返ると、走ってきた和磨がいきなり私の前に立った。
な、何?すっぽり和磨の後に隠れてしまい、熊谷さんの顔が見えない。
「白石。どうした?」
「熊谷さん。申し訳ないですが、珠美は渡せません」
「和磨?」
「若いな、白石」
熊谷さん……。
「沢村さん。構わず乗って」
エッ……。
すると、和磨が私の両腕を後手に掴んだ。
「俺、ずっと熊谷さんの事信じていましたし、尊敬もしていましたから、だから珠美の事も 紹介したんです」
和磨。
「だけど自分も好きだったって気付いたから、俺には渡せないとでも?」
熊谷さんの和磨に対する言い方は、まるで冷酷無情に吐き捨てるようで、思わずゾクッとしてしまう。
「そんな容易い事じゃない」
急に和磨の口調が変わり、上司に対するものの言い方ではなく、普段の和磨と同じ話し方になっている。
「と、言うと?」
「俺……。ひょんな事からあんたの正体、知っちゃったんだよ」
「……」
な、何?熊谷さんの正体って?
「この際だ。今は就業時間中じゃないし、上司でもなければ部下でもない。それに……。あんたの事は、同じ男として上司とも思いたくもないからはっきり言わせてもらうが……」
「和磨!」
和磨のシャツを引っ張りながら、あまりにも慇懃無礼な言い方に釘を刺す。
「珠美は、黙ってろ」
和磨……。
それ以上は言わせてもらえない、和磨の威圧感ある声だった。

「熊谷さん。あんた最低だな」
「何の事だ?白石。聞いてれば、さっきから一人でカッカしてるぞ?」
あくまで穏やかに、そしてしたたかとも取れる熊谷さんのソフトな話し方の裏に見え隠れするものがずっと気になっていた。だから、何かいつも不穏な空気が漂っている人というイメージが強かったのかもしれない。
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