婚活
すると熊谷さんは、何も言わず車を発進させた。何が何だかわからないまま、呆然と車を見送っている自分がいる。いったい熊谷さんは、私に何を望んでいたのだろう。社内で百人斬りとか……。あの時言っていた、不倫相手と別れたというのは何だったのだろう。私がきかっけで別れたと言っていたのに、それも嘘だったのかな。
「珠美。帰るぞ」
「……」
熊谷さんって、そんな人だったの?
「珠美?」
「百人斬りって何?弄んで2週間って、どういう事?私……。熊谷さんに騙されてたの?和磨。教えてよ」
「珠美。落ち着け!とにかく帰ろう」
和磨に腕を掴まれて、半ば引っ張られるように家に向かっている。
帰りたくないな……。
和磨の引っ張る力に負けぬよう、思わず立ち止まり夜空を見上げた。
「和磨。先に帰ってていいよ」
「……」
男って何なんだろう。恋愛って、そんなに難しいものだったっけ?
「珠美。ドライブ行こうか?」
エッ……。
「行きたい所、あるから」
和磨?
ちょうど、曲がり角を曲がると和磨の家。和磨がガレージの車のエンジンを掛け、家に帰りたくなかった私は言われるまま急かされるようにして助手席に乗ると、和磨がどこかに電話をしていた。
「あっ。おばさん?和磨です……。はい……珠美とちょっとこれからドライブ行ってくるので……はい。ハハッ……大丈夫です。明日には送り届けますから……はい。いえいえ……それじゃ」
和磨は多分、家のお母さんと話してる。
「よし!っと。これでおばさんも心配しないだろ?」
「……」
「俺、結構おばさんに信頼されてるから。さて、行こうか、珠美。トイレは平気か?行くなら家に寄っていっていいぞ」
「大丈夫」
何でドライブに行く事に?車を発進させた和磨の横に乗ってる私は、本来なら熊谷さんの 車の助手席に乗っていたかもしれない。その熊谷さんは、和磨の話だと会社きっての遊び人で……。だけど、そんな噂はまったく立っていなかった。何故?
「どうして熊谷さんの女遊びの事って、噂にならなかったの?」
独り言のように助手席で呟いた私の頭の上に、和磨が左手を置いた。
「知らない方がいい事だってあるんだぜ」
「それ、どういう事?」
和磨の意味深な言い方に、益々、謎は深まるばかりで知りたい衝動に駆られる。
「それだけ最低な男だって事」
和磨……。
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