婚活
残っていたコーヒーを一気に飲んで、食器をキッチンのシンクに置くと、そのまま二階に上がってベッドにゴロンと横になった。
そうだ……。錦織さんの件、相談所に断りの電話入れなきゃ。忘れないうちに電話しておこう。相談所に電話を掛け、正直な気持ちを伝えた。すると出た人が、きっと商売柄だとは思うが「こればっかりは、ご縁ですから。またきっと素敵なご縁がございますよ。お気になさらずに……」と、そんな慰めとも決まり文句ともつかない言葉を掛けてくれた。加納さんもいなくなり、熊谷さんは論外で……。初めての婚活は失敗に終わった。30年間の私の人生経験に於いて、今がちょうど節目のような気がする。心機一転、加納さんだ、熊谷さんだのスペアカードのような人を持たず、もっと真剣に婚活しなくては。それこそが自分の人生、自立への第一歩の気がする。
「馬鹿じゃねぇの?裕樹。それって、お前鈍くさいよ……」
部屋の外で階段を上ってきただろう、裕樹と和磨の足音がしてドア越しに和磨の声が聞こえている。夕べ、防波堤の上でキスを交わしたあの和磨は、まるで別人だったけど、和磨はやっぱり弟だな。そんな事を考えながら、パソコンを立ち上げた。仕切り直しだよね。もう一度、真面目に取り組もう。もう、誰も後には控えてないんだし……。寝不足だったが明日も休みだからと思い、昼間から目がウサギになりそうなほど画面と長時間向き合っていた私に、翌朝、信じられない電話が二本も掛かってきた。
「はい……」
まだ寝ていたのに携帯の音で起こされ、画面を見ないまま電話に出ると、目の覚めるような高い女性の声が受話器越しに聞こえてきた。
「おはようございます。相談所の西川ですが」
「お、おはようございます」
「朝早くから申し訳ありません。実は、沢村さまと是非、お目に掛かりたいというエントリーがございまして」
エントリー?
私、してないよな……。お目に掛かりたい?エントリー?
「わ、私にですかぁ?」
「さようでございます。つきましては、詳細をメールでご案内させていただきますので、ID入力からお相手の方の画像と経歴等をご覧の上、もしお考えいただけるのでしたら お電話を頂けますでしょうか?」
「わ、わかりました。わざわざありがとうございました」
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