婚活
私が今日、熊谷さんに会いに来たのは、ちゃんときっぱり、もう一度断ろうと思っただけなのに、それなのに……。
「何がだよ」
今更、言っても始まらない。和磨はさっきの女の子と電話中で、相談したかったのに聞くに聞けず、そのまま偵察に来て見つかってしまった事。そして、会ってしまったからには電話ではなく、面と向かって断ろうとしていた事。こんな経緯を話したところで、どうにもならない。和磨はさっきのあの女の子と、このファミレスで待ち合わせをしていて、私は熊谷さんに会っていて、偶然、お互い会ってしまっただけ。和磨が来なくても、きっと熊谷さんが結婚を前提に付き合って欲しいと言われた事には、即答で断っていただろう。かえって和磨が来なかった方が、もっときっぱり断れていたかもしれない。あんな綺麗な彼女を見せられちゃったら、内心、少し複雑で……。結婚という二文字に今弱い私としては、正直、熊谷さんに痛いところを突かれた気がした。ふと我に返り、冷静に考えてみると、何故、また和磨の隣りに乗っているのか?これこそ不自然な気がしてならない。すると、助手席の窓の外が少し暗くなった気がしたと同時に窓を叩く音がして、見ると熊谷さんが外に立っていた。咄嗟に和磨の方を見ると、少しだけパワーウィンドウを開けてくれた。
「沢村さん。さっきの返事は、また今度聞かせて」
また今度?今、すぐにでも返事をしたかったけれど、隣りに和磨が居てはまたややこしく なりそうだったので、「はい とだけ答えると、そのまま熊谷さんは自分の車の方へと歩いて行ってしまった。
「さっきの返事って、結婚を前提に付き合って欲しいとか言ってたアレか?」
聞いてたんだ、和磨……。
「そうよ」
でももう心は決まっていたので、怯むことなく堂々と和磨に返事をした。
「珠美……」
熊谷さんの車が走り去っていくのを見届け、和磨の車を降りようと思い助手席のドアに 手を掛けた。
「私、歩いて帰る。さっきの女の子に謝っといて」
「待てよ」
降りようとした私の右手を和磨が掴んだ。
「何?」
「早く行ってあげなよ。家で待ってるんでしょ?」
掴んでいた和磨の手をそっと外し、降りようとしてドアを開けようとした。
「珠美!まだ帰さない」
エッ……。
思いっきり引っ張れた拍子に、勢いあまって運転席の方まで身体が傾いてしまい、慌てて助手席の方へと身体を戻す。
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