君がたとえあいつの秘書でも離さない
 
 画面から目を離さず、私の気配に「なに?」と聞いてくる。
 
 「……隆専務がこれからこちらにいらっしゃるそうです」
 
 「はあ?忙しいのに。あと10分待ってって言っといて」

 「弘、俺だって忙しい。この話が優先だから来たんだろうが」

 私の後ろから、背の高い取締役に目元が似ている男性が入ってきた。

 「兄さん。勘弁して。この書類だけだから、お願いだ。座ってて」
 
 「しょうがない奴だな」

 「専務、何を飲まれますか?今日は美味しい葛きりがあるので、お煎茶と一緒にいかがですか?」
 
 「……古川君。君、ホント気が利くねえ。弘にはもったいない。ウチの方へ来ない?」
 
 「兄さん!」
 
 「おー恐ろしい。うん、とりあえずオススメをいただこうかな」

 「はい。少しお待ちください」
 
 そう言うと、給湯室へ戻った。

 「いい女だな。お前が大切にするだけのことはある」
 
 専務がその後つぶやいた言葉は聞こえなかった。
< 36 / 274 >

この作品をシェア

pagetop