君がたとえあいつの秘書でも離さない
お母様の旧姓でのお名前を聞いてびっくりした。
私でも知るピアニストだった。
最近はあまり表舞台に出てこないのでどうしたのかと思っていたのだ。
「そういうわけで、子供はひとりしか作らないということみたいだ。母は早く復帰出来ると思っていたようだが、父は母を溺愛して離さない。こういう仕事だし、社交界も少なからずあり、妻としての仕事もある。うちでパーティーを開くときは頼まれてもピアノを弾かなかった母が、俺がバイオリンを弾くようになって、やっと伴奏するといってピアノの前に座るようになった」
「そうだったんですね。匠さんの存在はご両親の間をつなぐ大切な役割ですね」
「小さいときに見たピアノを弾く母の姿が好きだったんだ。だんだん弾かなくなってしまって、どうしたら弾いてくれるかと考えた末、俺がバイオリンを習うという選択に至った」
「ピアノ教えてもらったんでしょ?」
「……それが。鬼のように怖い。ピアノはこの人に習ったら殺されると思ったよ、子供心に」