祖国から追い出されたはずが、過保護な皇帝陛下と海の国で幸せな第二の人生を送っています─嫌われ薬師の恋と調薬─
王族を殺そうとした罪は、命をもって償わなくてはいけない。
何人たりとも厳罰から逃れることなど許されないが、ないようなものだった第一王女の肩書きにより、私は国の果て、渚のそばの修道院で、生き永らえることになった。
修道院に向かう馬車の中、私は静かに息を吸い込む。潮の香りと夜の香りが強くなっている。窓は布で覆われ堅く留められているが、海の近くに来ていることはわかった。日没も近いのだろう。
ずっと、海を間近で見てみたかった。こんなふうに、王城を出るとは思わなかったけれど。
修道院で調薬はできないだろう。唯一の救いは、ヴェルノラの研究だけは、妹の手によって守られたことだ。ロゼは調薬の知識がない。ないからこそ、研究を新たに始めたり手を加えることもないはずだ。毒の事件があったことを理由にすれば、研究せずとも不自然に思われないだろう。
でも、私はこれからどうすればいいのだろう。
調薬ができなくなった私は、誰の役にも立てない。大好きな両親もいない。
生きていていい理由と、死んでいい理由の比重をはかる天秤があるならば、私の天秤は──、
考えていると、馬車が止まった。修道院に着くのは朝のはずなのに。馬車の扉が開かれるのをぼんやり眺めていると、黒いローブを纏い、そのフードで顔を隠した御者が現れ、私は馬車から引きずり出された。
強い風が吹き荒れている。御者は私をぐいぐい引っ張っていく。岩やでこぼこした石が連なり、足場が悪い。荒波の音が絶え間なく響く。外は修道院などではなく、岬だった。崖の下は黒波に絶えず打ち付けられている。
「ま、待ってください」
「私は充分待った」
女性のしわがれた声が響く。そこは修道院などではなく、荒波の音が絶え間なく響く岬だった。
空は鈍い色をして、こちらに迫ってきそうだ。ここから逃れたい。あとずさるが、御者は私の腕をぐっと握り、崖際へ押し出していく。
「お前は、お前だけは幸せになってはいけない」
そう言うと、どん、とローブの女性は私を荒れ狂う海へ突き飛ばした。
「呪われた血を引く、お前は」
聞き覚えのある声だと思った。でも、誰かは判別できない。家族のものではないことだけが、確かなことだった。
海に落ちる。
ああ自分はここで死ぬのだ。
目を閉じようとした瞬間、辺りが光った気がした。視界に青が滲む。あれほど荒れ狂っていた黒波が、月光に照らされ、鮮やかに姿を変えた。
死にに行くのではなく、自分は海に還るのかもしれない。冷たいと思っていた水の中は、暖かく優しい。無数の泡に埋もれながら、こんな世界があったのかと感動すら覚えた。
これで、両親のもとへ……、
「みつけたっ」
穏やかだった水の流れが変わる。私は薄れゆく意識の中、自分に近づいてくる存在を視界に捉えた。まっさらな白銀の髪に、海と同じ色の瞳の彼が、水の中をものともせずに泳ぎ、こちらに向かってきている。彼だ。火災のときに助けてくれた彼だ。
最期に、会えるなんて。
ずっと御礼が言いたかった。幻でもいい。言わなければ。
しかし、声を紡ぐ前に抱きしめられ、両頬に手を添えられた。柔らかく、珊瑚色の唇に口づけられる。どこか頭の片隅に、今と似た景色が蘇った。
やはり彼は神の遣いだったのだ。
魂を誘う天使か、魂を狩る死神か、どちらでもいい。
優しいまどろみに囚われた私は、その景色がなにかわからぬまま、意識を手放した。