祖国から追い出されたはずが、過保護な皇帝陛下と海の国で幸せな第二の人生を送っています─嫌われ薬師の恋と調薬─
「え……」
遊ぶなんて、もう何年もしていないこと、できない。城に帰るにはまだ猶予がある。薬師探しならなんとか手伝えるかもしれないけれど、遊ぶなんて無理だ。悩んでいると、彼はくすりと笑った。
「口説いてるのにそんな深刻な顔されたら傷つくんだけど?」
「傷つ……!?」
「ううん、面白くない冗談だったかな? ごめんね」
冗談。完全に、通じていなかった。
「申し訳ございません。理解できておらず……」
私は咄嗟に頭を下げた。けれど男の人は「謝らないで」と、心配そうな顔をした。
「っていうか、声かける前さ、なんか暗い顔して歩いてたけど、どうしたの?」
どうやら、アミオロとロゼについて考えていたときに見られていたらしい。
「緊張というか……」
「緊張? なにに?」
「生きること、に」
見ず知らずの人に、あれこれ話せるはずもない。はぐらかせば、男の人が私のフードに触れた。
「なら、俯いて歩くのは勿体ないよ。生き物の一生なんて、短いんだからさ。しっかり前見て歩いたほうがいいよ? ──ほら」
不意に男の人の指先が、すっと目の前に差し出された。
追うと、彼の青い瞳と視線が合う。
「そこでなにをなさっているのですか!」
鋭い声が響く。私と研究所を繋げてくれた協力者──そして、ローレライ騎士団の副団長であるヒヨス様が、焦った顔で駆けてきた。
彼女は私を庇うようにして男の人の前に立つ。
「こちらの方に、いったいなんの御用でしょう」
「ひとりだと思って、ちょっと立ち話をしていただけだよ?」
男の人は戸惑いがちに笑う。ヒヨス様は眉間にしわを寄せた。
「立ち話にしては近い距離のように感じましたが」
「安心しなよ。危害を加える気はないから、むしろその逆。この子、随分暗い顔で歩いていたよ。ひとりにしないほうがいい」
男の人はそう言うと、爽やかな春風のように去っていった。ヒヨス様はしばし彼が去った方向を警戒したあと、こちらを振り返る。
「すみません。遅くなってしまい……」
「いえ、全然、あっ、水薬、お持ちいたしました」
私は籐の籠を手渡した。ヒヨス様は中を検(あらた)めると、「いつもすみません」と、恭(うやうや)しく礼をして、持っていた銅製の箱に、水薬と研究資料を詰めていく。
こうしたやり取りが始まったのは、三年ほど前からだ。
私が裏通りで書物を探していると、苦しんでいるヒヨス様を見つけた。彼女を欲する人から催(さい)淫(いん)剤かなにかを盛られたことが原因だったらしく、解毒剤を作り手当をしたのが始まりだ。
その際に、解毒剤を作る過程で秘密の小屋に戻る必要があり、私が水薬の研究をしていることを、ヒヨス様に知られたのだ。彼女は驚いていたが、噂のせいで薬を生み出しても広められない私に、騎士団の調薬師が集う研究所を繋げてくれた。
以降、こうして定期的に、滋養や痛みの緩和、怪我などに効く水薬を騎士団へ、研究資料を研究所に送る手伝いをしてもらっている。
「皆、ヴェルノラ様は素晴らしいと、会って感謝をお伝えしたいと、いつも私に言うのですよ」
「いえ、そんな」
私は首を横に振る。対面したら最後、水薬は二度と飲まれなくなるだろう。
だから私は、『ヴェルノラ』と偽名を使い、ヒヨス様を経由して、この国の調薬師や騎士団と連携を取っている。