祖国から追い出されたはずが、過保護な皇帝陛下と海の国で幸せな第二の人生を送っています─嫌われ薬師の恋と調薬─
「ヴェルノラ様はローレライで最も優れた調薬師様でいらっしゃるのですから。不治の病だって、貴女の薬でいくつなくなったことか」
「あの、くれぐれも使用にはお気をつけください……」
「もちろんです。では、こちらはお返ししますね」
私は、少し軽くなった籐の籠を受け取った。ヒヨス様を手当した一件以来、籠の中には手当できるものと、怪我や病気など、緊急時に備えた水薬を入れている。
「本当なら、王女様が作ったものだと、お伝えしたいのですが……」
ヒヨス様が視線を落とす。
王であるアミオロは、国の先頭に立つものとしては若い。民のよい関心はアミオロに、悪い関心は私に集めようというのが、公務に関わる側近たちの考えだった。
ようするに、私が疎まれることで、国の政治がやりやすくなっているらしい。
下手に動くと、ヒヨス様の身が危ぶまれる。
「私は、治らぬ病が減ればいいのです。それ以外に、求めることなどありません」
「……しかし」
「そろそろ、お時間ではないですか」
彼女が罪悪感を抱かぬよう、なるべく淡々と伝える。私はヒヨス様のおかげで誰かの役に立つことができている。
「それではごきげんよう」
私は、彼女に礼をして、その場をあとにした。
ヒヨス様に水薬を渡したあと、必ず寄る場所がある。城を除き、王都で一番高くそびえる時計塔だ。
私はその屋上で、冥闇に溶け込んでいる海を眺めていた。
ローレライでは亡骸を土に埋める埋葬方法が一般的だが、不治の病を患った両親の遺体は、ふたりの意思により焼かれて、遥か遠くの海へ撒かれた。この場所は、窓越しより潮の香りが強く感じられる。両親へ、静かに想いを馳(は)せる。弔(とむら)いだった。
いつか、海で安らかに眠る両親のもとへ行きたい。
そういえば、今日会った男の人は、とても鮮やかな色の瞳をしていた。本物の海もきっと──、
「……ん」
不意に、焦げ臭さを感じ我に返る。鼻の奥を刺激して喉が詰まるような、焼けた臭い……。
火事だ。
思い至ってすぐ、私は時計塔から町並みを見下ろす。職人街の東──骨董屋から臭いがする。火事なら、火傷に苦しむ人が出てくるかもしれない。私はいてもたってもいられず、時計塔の螺旋階段を駆け下りた。
裏通りに出ると、「火事だ!」と叫び声が聞こえる。
「東のパン屋かなにかで、火がついたらしい」
「鍛冶屋じゃないのか!? 騎士団が向かったって聞いたぞ」
「火を使ってる店のどれかじゃないか?」
周囲の人々は混乱している。火事が起きているのは──焦げた臭いがするのは骨董屋だけだ。でも、パン屋や鍛冶屋も火事が起きているのかもしれない。二の足を踏んでいると、「僕の話を聞いてくれないか!」と、軽やかな声が響く。