祖国から追い出されたはずが、過保護な皇帝陛下と海の国で幸せな第二の人生を送っています─嫌われ薬師の恋と調薬─
空を飛ぶように軽く、馬車よりも速い速度で、まるで本当に魔法が使われているようだった。
呆然としていると、瞬く間に骨董屋へたどり着いた。
骨董屋の建物に変化は見られず、一見何事もないようだった。けれど窓の中から轟々と炎が揺らめいているのが見えた。店の前には、顔が青ざめ、両腕に火傷を負った少年が、そばにいたお爺さんに止められていた。
「中にお母さんがいるのに! 騎士団が来てくれない! 俺が、俺が助けに行くって言ってるのに! 助けて、助けてよ!」
少年は私たちに気づくと、必死に訴えてくる。そばにいたお爺さんも、「騎士団はまだなのですか、む、娘が中に……」と、咳き込みながら訊ねてきた。
店の中は業炎が渦を巻いている。ふたりとも、すぐ手当をしなきゃいけない。しかし早くしないと、中にいる女性が……、
「さっきはごめんね、疑って。君は正しかった」
男の人が呟いた。彼は、お爺さんと子どもを指す。
「お爺さんと子どもを、騎士団のところへ運んでおいてくれる? 手当したほうがいいから」
「今、します」
私は籐の籠から軟膏を取り出した。男の人は「なら、よろしく」と話を続ける。
「それと──」
「それと?」
「今日見たこと……あと僕について、誰にも言わないって約束ね」
悪戯っぽく言う男の人は、纏っていた白亜のローブをはずした。
どこか神々しく、気だるそうな雰囲気を漂わせながら佇む彼は、指揮者が指揮棒を振るうように指先を動かす。たちまち蒼光が彼の周りをほとばしった。
男の人は光とともに浮かび上がり、燃え盛る骨董屋の中へ、星が流れるように入っていく。
いったい目の前でなにが起きているのか。わからないけれど、私は私で、できることをしなければならない。少年やお爺さんを手当しながら、状態を観察する。水薬を選び、籠から取り出していると「お母さん!」と少年が声をあげた。
男の人が、ちょうど少年の母らしき女性を肩に抱え、骨董屋の二階から飛び降りていくところだった。ふたりは、落ちているのに飛んでいるような形で、私たちのすぐそばに着地した。
男の人は、ぱちん、と指を鳴らす。泡や水がはじける音とともに、窓の中で燃え盛っていた炎が消える。
「なんで……」
「助ける前にやったら、溺れさせることになるから。建物眺める暇があるなら、この人、早く助けてあげてよ。手当できるなら」
そっけない調子で、彼は私の前に女性を下ろす。意識はあるが朦朧としていて、火傷は軽いものの呼吸が浅い。
「お母さん……」
少年が女性の手を震えながら握る。
「……絶対、助けますっ」
目の前の命を、諦めたくない。
籠の中に用意している水薬では足りない。新しく調合が必要だ。私は余分に持っていた水薬同士をかけ合わせ、調合し終えた水薬を女性の唇のそばで傾けた。
女性は唇を動かし、水薬を少しずつ飲んでいく。
「あ……」
徐々に女性の瞳に意思が蘇り、少年を視界に捉えたようだった。女性は少年に微笑みかける。
「よかっ……た、無事で……」
「お母さん! お母さん! よかった! お母さんっ」
少年は女性に抱きついた。「お前も怪我をしているんだから」と、諌(いさ)めるお爺さんも安(あん)堵(ど)しているようだ。私もほっと身体の力が抜けると、隣で物が崩れる音がした。
「お兄さん!?」
少年が叫ぶ。さっきまで元気そうにしていた男の人が、苦しみながら地に伏せた。
いったいなにが。大きな病気を持っていたのか。どこかに大きな怪我があるのか探すけれど、見つからない。喉が灼かれているのかと、水薬の調合を始める。
「ああ、僕のことは放っておいていいよ……怪我でも病気でもない……代償、なんだ。こういうものだから……ただ、痛むってだけ。死ぬとかじゃないから、気にしなくていい……少ししたら、すぐ治まるから……っぐ、ぅっ」