祖国から追い出されたはずが、過保護な皇帝陛下と海の国で幸せな第二の人生を送っています─嫌われ薬師の恋と調薬─

 男の人は喉や胸を掻きむしる如く呻いている。命には関わらない発作だとしても放っておけない。私は火傷の調合をやめ、痛みを鎮める水薬を取り出した。しかし男の人の唇に水薬の瓶を近づけても、飲んでくれる気配はなく、苦しみ続けている。

「……っ」

 私は水薬を口にして、男の人に唇を重ねた。彼に水薬を送り込み、唇を離した。どうか苦しみが癒えてほしいと祈っていると、自分の喉や衣服を掴んでいた男の人の手が緩む。

「……ぁ」

 意識がなくなった……というわけではなさそうだ。呼吸が穏やかになり男の人の、固く閉じていた瞳が開いた。

「あれ、なんで、痛みが……消えて……、も、もしかして、君は……」

 男の人は視線を彷徨(さまよ)わせる。どうやら薬が効いたらしい。よかった。

「追加で滋養の水薬をお出ししますね……」

「大丈夫ですか!? 誰か! 誰か! いるなら返事を!」

 ヒヨス様の叫び声が聞こえる。どうやら騎士団が到着したらしい。私は「ヒヨス様!」と彼女の名を呼んだ。

「ご無事ですかっ!」

 ヒヨス様がこちらに走ってくる。

「はい。私は大丈夫です。あの、火はこの骨董屋から出ていて、こちらのご家族が怪我をされていて、この方が消火──」

 ヒヨス様に状況を説明しようとしたが、先程までそこに倒れていたはずの男の人は消えていた。お爺さんと、お母さん、そして少年もいる。なのに、男の人だけがいない。

「え──」

 どうして。驚く私に、ヒヨス様は近づき囁いてきた。

「リナリア様、もうすぐここに騎士団が参ります。王と騎士団長が会談中だったため、王もすぐそばに来ているのです。ここは私に任せ、裏道からお逃げください」

 ヒヨス様の言葉にハッとする。

 骨董屋の家族、そして助けてくれた彼の存在が気になるが、アミオロが来る以上、私はここにいてはいけない。

「……どうかよろしくお願いいたします」

 私は後ろ髪を引かれながらも、逃げるようにその場をあとにした。




 秘密の小屋と街を繋ぐ抜け穴。

 通るたびに、深く海を潜るというのは、こういうことかと感慨深い気持ちだった。でも今日は、火事を前にしたりと、色々なことがあって、気持ちの整理がつかない。

 胸騒ぎ、いや、不安? この気持ちはいったいなんだろう。自分でも定められぬまま小屋に繋がる扉に触れて、自然と手が止まる。

 鍵を閉めていたはずの扉が、開いていた。

 血の気がさっと引く。なにか取り返しのつかないことが起きている気がして、私はおそるおそる扉を開いた。

「なんで……」

 部屋の中にあった水薬が、ひとつもない。薬草もない。資料もない。

 代わりにあるのは、毒だけだった。薬の研究のために集めた、毒だけが並んでいる。私は辺りを見渡し、窓の外から見えた笑顔に愕然とした。

「ロゼ……っ!」

 その名を呼びながら小屋を飛び出した。ロゼは、愛らしく笑っている。
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