【一気読み改訂版】とし子の悲劇

【第134話】

8月10日の日中であった。

アタシは、バイト休みを利用して松本城の公園へ散歩に行った。

アタシは、赤茶色のバッグを持ってのんびりとした足取りで城の本丸広場から史跡庭園を歩いた。

庭園内の木々に止まっているつくつくぼうしがひっきりなしに鳴いていた。

史跡庭園をゆっくりと歩いて散策したアタシは、市役所側の出入口から国道143号線〜県道を通って、あがたの森公園へ行った。

午後2時過ぎであった。

あがたの森公園に着いたアタシは、森林の遊歩道をゆっくりと歩いた。

この時であった。

アタシは、森林の遊歩道で花束をお供えして静かに手を合わせている80代の女性を見かけた。

アタシは、手を合わせている女性に声をかけた。

「あのー、すみません。」
「はい、何でしょうか?」
「おばあちゃんは…毎日こちらでお花をお供えをしているのですか?」
「はい、50年間ずっと続けてます。」
「50年間…」
「おじょーちゃん、50年前にこの公園でレイプ殺人事件が発生したのよ…」
「レイプ殺人事件…」
「被害を受けて亡くなった女性は、当時19歳で赤ちゃんがいたお母さんだったのよ…」
「赤ちゃんがいたお母さんが殺された?」
「そうよ。」

50年前と言えば…

アタシが生まれたばかりの頃だったわ…

80代の女性は、50年前に発生したレイプ殺人事件をアタシに話した。

「今から50年前の夏のむし暑い夜だったわ…事件が発生する前に赤ちゃんの置き去り事件が発生したのよ…」
「赤ちゃんの置き去り事件が発生した…」
「松本駅の近くの駅前広場で、ボストンバックに入れられた状態で発見されたのよ…育てる自信がありません…と書かれた置き手紙とミルクとオムツと一緒にね…赤ちゃんは通りかかった男性に発見されて無事だった…けれど、赤ちゃんのお母さんはそのまま男に会いに行ったのよ。」
「もしかしたら、男に会いに行く途中で事件に巻き込まれたのかしら…」
「たぶん…そうね…」
「それじゃあ、赤ちゃんのお母さんはこの公園を通って男に会いに行ったの?」
「そうよ…赤ちゃんのお母さんは、ここでヒョウの覆面をかぶった男に襲撃されたのよ…」

赤ちゃんのお母さんは…

その時に…

ヒョウの覆面をかぶった男に…

シツヨウに犯されたあと、殺された…

女性は、アタシに事件の詳細を話した。

「あの日の夜、公園で赤ちゃんのお母さんが叫んでいる声と男の恐ろしい叫び声を聞いたのよ…赤ちゃんのお母さんは…ゆうき、ゆうきと…何度も繰り返して呼んでいた…布が思い切り破れる音と男の恐ろしい叫び声が交錯したわ…あの日の夜、眠れなかった…だって、叫び声がひどかったので胸がドキドキしたのよ…」
「胸がドキドキした…」
「次の朝、公園の近辺が慌ただしかった…一体何事かと思って公園の方に行ったのよ…そしたら、鑑識の警察官が現場検証をしていたのよ…近所の奥さまが、19歳の女性が衣服と下着がボロボロになっていて恥ずかしい姿にさらされて、倒れていた…その時、まだ息はあったのよ…カノジョは…担架に載せられた状態で救急車で運ばれた…」
「それじゃあ、カノジョは搬送先の病院で亡くなったのですか?」
「搬送の途中で亡くなったわよ。」

この時、50年前のレイプ事件で亡くなった女性があいつの弟の実母だったとを知った。

女性は、泣きそうな声でアタシに言うた。

「かわいそうに…赤ちゃん…かわいそう…お母さんの乳房《おちち》が必要な時期《とき》に…うううううううううううううううううう…だけど…亡くなったお母さんは…複数の男とトラブルを抱えていたのよ。」
「おばあちゃんは、亡くなったお母さんのことをお助けになられたのですね。」
「もちろんよ…男に付きまとわれているから助けてほしい…と切羽つまった声で言うてたわよ。」
「切羽つまった声…」
「他にも、ややこしい事情をたくさん抱えていたわよ。」
「もうひとつお聞きしたいのですが、赤ちゃんのお母さんは当時どんなお仕事をしていたのですか?」
「どんな仕事って…デートクラブよ…ほら…電話ボックスに貼られている小さい紙のことよ。」
「デートクラブ…」
「そうよ…カノジョはデートクラブを利用していた男との間で金銭がらみのトラブルを抱えていたのよ。」

女性は、多少の怒りを込めながらアタシに全てを語った。

あいつの弟の出生の秘密を聞いたアタシは、ひどく動揺した。
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