雪降る夜はあなたに会いたい 【上】
「五日前、私が戸川さんにお会いして、榊家の事情と創介さんの置かれた立場をお話したまでですよ。後は、あの方がご自分で判断されたことです。自分の立場をわきまえた賢い方だと思っていたんですがね。それにしても、こんなに早くあなたの耳に入れるとは――」
「ふざけるな! 雪野は俺に何も言っていない!」
頭に血が上り、倉内の胸倉を掴む。
「雪野に何を言ったんだ。どうやって脅した?」
「今、言った通りです。創介さんにとって、この縁談がどれだけ有益で大切なものかを説明し、戸川さんでは創介さんを幸せにはできないと申しました。創介さんだけではない。丸菱グループの何十万という社員すべてを不安にさせるとね。そして宮川凛子さんが、どれだけ完璧で素晴らしい女性か」
「おまえ……っ」
掴み上げた倉内の胸倉を更に締め上げる。
そんなことを言われた雪野が考えることは一つだ。
「私は、一つも間違ったことを言ったとは思っていません。それに、戸川さんは受け取りましたよ」
「……何をだ?」
「丸菱グループからの慰労金です」
「慰労金だと……?」
俺の中の怒りが頂点に達する
「あなたのお父様からのお気持ちです。この三年創介さんの傍にいた方です。息子が世話になった。そのお気持ちからですよ」
「それは、手切れ金ということか?」
突然現れた男に金を差し出された雪野の気持ちを思うと、発狂しそうになる。
「戸川さんは素直にお受け取りになられました。すべてを理解し納得したということです。これ以上、あなたのお父様の意に反することはしないという約束です。ですから創介さんも理解してください」
「そんなこと出来るわけが――」
「あなたも子供じゃないんだ。いい加減にしろ! 自分の置かれた立場を、いつまで忘れているつもりだ」
いつも淡々としている倉内が、突然声を荒げた。そんな倉内を見たのは、二十年以上の付き合いの中で初めてだった。
でも――。
「……おまえや父からすれば、たかが一人の女だと思うだろう」
掴んでいた胸倉を乱暴に離す。
「俺にとって雪野は、そんな軽い存在じゃない」
秘書室の扉の前で、もう一度倉内に向き合う。
「あいつを失えば、俺は、ただの肉体をまとっただけの抜け殻になる。そんな男に社の未来を委ねるというのか?」
勢いよく扉を開け、駈け出した。今すぐ雪野に会いたい。