雪降る夜はあなたに会いたい 【上】
「雪野……彼女のこと、すべて調べあげているんですよね? こんなはした金、何が慰労金だ」
父の目の前に一歩詰め寄り、その茶封筒をテーブルに叩きつけた。
どんなに威圧しようとも、身長では俺に敵わない。
「彼女と彼女の家族に、少しでも変なことをしたら――」
これまでは、こんな風に父を睨みつけたことなんてない。いつもどこか怯えて、父とすら思えずにいた。
「俺も何をするか分かりませんよ。この家を捨ててでも、全力で守ります」
何をしてでも、俺が――。
「丸菱に入ることしか能がなかったおまえに、この家を捨てられるのか――?」
それでもやはり丸菱のトップに君臨する人だ。その目は一瞬たりとて揺らいだりはしない。
「ええ。捨てますよ。彼女を捨てるより、よっぽど簡単だ」
父は鼻で笑うと俺に背を向けた。
「――でも」
その背中に言葉をぶつける。
「お父さんは、無駄なことが一番嫌いなはずですから。宮川氏にすべてをぶちまけてしまった今、もうあの家との縁談は修復不可能だ。今更、雪野をどうこうしたところで結果は変わらない。お父さんは意味のないことをしたりしない」
それには答えずに、父は居間を出て行った。
居間に一人になって、初めてちゃんと息をした。ぐったりとした身体をソファに投げ出す。
一度の話し合いでどうにかなるとは思っていない。
とにかく、雪野に父の手が及ばないように――。
それが、一番大事なことだ。