雪降る夜はあなたに会いたい 【上】


 それから数時間後には出勤して、いつも通り働いている。

 父が今、何を思っているのか。
 あの父が、宮川氏に頭を下げたのは間違いない。それだけのことをしたのだ。

 丸菱を捨てる覚悟が出来ているのと同時に、丸菱のトップに立つ覚悟もしている。それを、父に分からせなければならない。

果たして、俺が告げたことが、どれだけ父の心に届いているのか――。

虚しくなるほどに自信がなかった。


 昼近くになり、倉内にこの日の社長の予定を確認した。昨日の今日でも倉内は表情一つ変えたりはしない。

「本日は、特に社長に予定はございません」

倉内の答えを聞いて、社長室のドアをノックした。

「失礼いたします」

俺の声だと気付いたのか、父は顔を上げることもない。

「誰が入っていいと言った」
「お話があります。息子としてではなく、丸菱の社員としてです」

広いデスクの上で広げている書類に目を通したまま、俺の方をちらりとも見ようとはしない。

「――こちらに目を通してください」

その父の目の前に資料を差し出す。

「宮川家と婚姻関係を結ばなかったことによる、今の時点で考え得る損失額です」

宮川氏は現経済産業大臣だ。あの家は、もともと経済界にも広く顔が利く。どんな事業をするのであれ、あの人が裏にいるのといないのとでは優遇度が違う。

「――この額はなんだ。私をバカにしているのか」

父は資料を投げやった。

「少なく見積もり過ぎだ。桁が一つ違う」

そんなことわ分かっている。でも、それは、"経産大臣であり次期総理”である宮川の後ろ盾を最大限利用した場合だ。俺はそんな経営を求めていない。

「いえ。決してそんなことはありません。私はできる限り公明正大に事業を行いたいと思っていますから」
「……なんだと?」

父がやっと俺に視線を合わせた。

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