雪降る夜はあなたに会いたい 【上】
理人にかけた電話は、長いコールの後繋がった。
(――どうして兄さんが、この電話を?)
俺の声を聞いた途端に、強張った声に変わる。
「雪野に聞いた。俺が無理やり聞き出したんだ」
(……へぇ。見合いまでして、まだ続いていたんですね。あんなにいい人を愛人にでもするつもりですか。あんたもとことんクズだな)
強張った声が冷ややかなものに変わる。
――あんなにいい人を。
その言葉だけは、温度が違うものに聞こえた。
「見合い相手とは結婚しない」
(……えっ?)
「――いずれ、雪野と結婚するつもりだ」
(……は? あんた、何言って――)
「本気だ」
理人が絶句した。
(そんなこと、あのお父さんが許すはずがない)
「そうだな」
(あんたは、お父さんの命令に背くことなんてできないでしょ)
どこか苛立っているような声だった。
「これまではな。でも、どうしても譲れないものが出来たんだ。それを、どうしてもおまえには言っておきたかった」
(……は、ははっ!)
突然、理人が笑い声をあげる。
(なに。それで? それでいい人にでも成り代わったつもりなんですか? こうやって僕になんか電話して来て。これまで悪かったとでも言うつもりなのか!)
理人の叫びは、そのまま俺に突き刺さる。
その苦しみも痛みも、全部俺が理人に与えたものだ。
「おまえや、おまえの母親にしたことは、謝って済むことだとは思ってない。自分のしたこを忘れないで生きていくつもりだ」
謝って楽になるのは結局俺で。理人の気が軽くなるわけでもない。
ずっと忘れずにいることしか自分に出来ることはないのだと思うと、途方もないことのように思える。
俺は、それだけのことをしたのだ。
「ただ、雪野は関係ない。だから、雪野にはもう――」
(なんですか? 戸川さんと結婚する。だから、邪魔はするなと? ふざけるなよ! 人の幸せは散々奪って来て、自分は幸せになりたいって?)
理人の怒りと憎悪に満ちた声が、いつまでも響く。
(どこまで勝手な人なんだ。僕が何をしようとあんたに関係ない!)
「俺は一生、おまえとの過去に向き合っていきたいと思ってる。でも、それは俺が勝手にすることだ。理人が俺の気持ちをどう受け取ろうと、無視しようとおまえの自由だ。ただ、雪野のことだけは――」
傷付けるわけにはいかない。だから――。
「俺が絶対に幸せにすると決めた。そのことを、おまえにも認めてもらいたい。そうできるまで、何度でも許しを乞うよ」
身勝手だとわかっていても、理人が雪野に惹かれたのだとしても、雪野を誰にも奪われたくない。
(勝手にしたらいいじゃないか。僕には関係ない。あんたとなんか話もしたくないんだ)
そう言って、その電話は切れた。
死ぬまでずっと、俺に出来ることを考えていく。自分に何ができるのかを。
父のことも、理人のことも、この先長い時間をかけていくしかない。
すべてをなかったことには出来ない。どれだけ過去の自分を悔いても、決して消えない。