雪降る夜はあなたに会いたい 【上】
「それで、こんなことお願いできる立場にはないのかもしれませんが――」
一口お水を飲んで、もう一度木村さんに向き合った。
「今日、こうして木村さんとお話したこと、創介さんには黙っていてもらえませんか?」
「……え? むしろ、それは俺にとっては願ったりかなったりだけど。でも、どうして?」
コーヒーカップを手にしていた木村さんが、驚いたように私を見ている。
「創介さんは、自分がどういう家の人間か私には知られていないと思っているんです。ですから、これまで通り創介さんは知らずにいてほしいんです」
――俺のことを知らないのか。それならそれでいい。
出会って間もない頃、驚いたように、そしてどことなく嬉しそうにそう言っていた創介さんを思い出す。
上流階級の世界のことはよく分からないけれど、家とか生まれとか、そういうしがらみを忘れられる瞬間がほしいのかもしれない。それが、創介さんにとって私なのかもしれない。
「……なるほどね。まあいいよ。俺も、その方が都合がいいし」
何かを考えるような顔を見せた後、木村さんはにっこりと笑った。
「あいつに隠れて君に会ったと知ったら創介に殺されるだろうなって、それなりの覚悟をして来たつもりではあるんだけど。やっぱりまだ死にたくない。俺も創介には黙っているから君も黙ってて」
その言い方に、私は思わず笑ってしまった。
いつか、創介さんの口から聞くまで、私は知らないことにしておきたい。
「……まあ、創介も、俺たち仲間うちには君のことを隠しておきたいみたいだしね」
――隠しておきたい。
その言葉が、少し胸に刺さる。そして胸に刺さった自分の図々しさに自己嫌悪する。
木村さんが、別れ際に、どこか遠くを見つめながら言った。
「俺さ、ずっと前に、普通の子を凄く傷つけてしまったことがあって。あの時の痛みは今でも思い出す。だからかな。なんとなく思い出しちゃったんだ。余計なお節介、悪かったね」
――君の覚悟の健闘を祈るよ。
そう言って、木村さんは手を振った。
* *
傷付くことなんて怖くない。傷付いたっていい。ただ、傍にいたい――。
この三年、その気持ちだけで私はここまで来た。
彼を好きだというこの気持ちが、何も持っていない私の小さなプライドなのかもしれない。
「――どうした?」
「えっ……」
運転席から声がして、我にかえる。
「さっきから、黙りこくって。バイト、疲れたのか?」
いつの間にか助手席の窓ガラスに頭を預けて、心は過去に飛んでいた。
ハンドルを握り前を見ながらも、私をうかがうように創介さんが声を掛けて来た。