雪降る夜はあなたに会いたい 【上】

「いえ。ちょっと、考え事で……。それより、創介さんこそ、今日は突然どうしたんですか? 何か、私に用でも……」

この日、バイトが終わる頃に、突然会おうと連絡が来たのだ。
今度は私が創介さんの横顔を盗み見る。ちょうど信号待ちになって、車は静かに止まる。
片手はハンドルを握り、もう片方の手でネクタイを緩めていた。そんな仕草一つにも、私はいちいち胸が高鳴る。

「ああ……。別に、特に用があったとか、そういうわけじゃない」

じゃあ、一体――。

創介さんが大学生だったあの半年間とは違い、社会人になってからは会う頻度はかなり減っていた。
卒業と同時に創介さんが実家に戻ったこともあるのかもしれない。

それに、私から創介さんに連絡をすることはない。
ひっそりと、たまに会う。それくらいがちょうどいい。

確かなものはない関係に変わりない。

だからだろうか。
三年も経ったと言うのに、そんなに長い間一緒にいた実感がないのだ。

「十二月に雪なんて、今年は初雪が早いなと思ったら、おまえの顔が見たくなって」
「えっ?」

つい、大きな声を上げてしまって恥ずかしくなる。

「そ、そうですか……」

ふっと息を吐くと、創介さんが口を開いた。

「あまり遅くならないようにするから、少し付き合え」

その声に疲れが滲んでいるように思えて、思わずその顔をもう一度見る。
薄暗い車内の中でも、やはりその横顔に疲労が見てとれた。

仕事で、何か大変なことでもあるのかな……。

創介さんが私に仕事の話をすることはない。私も余計なことを聞いたりしない。

でも、何か私がしてあげられることはないだろうか――。

結局、私はただこうして助手席に座っているだけで出来ることなんてないのだ。

 走り続けていた車が停車したのは、どこかの大きな駐車場だった。
 灯りと言えば、等間隔に設置された街灯だけ。この時間だからか、他に停車している車も見当たらない。エンジン音が消えると、さらに車内は静寂に包まれた。
 創介さんが深く背をシートに沈めた。遠くに都心の煌びやかなネオンが光っている。そこには、創介さんの会社も暮らしている家もあって。そこから離れた場所に二人だけが閉じ込められているみたいで、少し創介さんを近くに感じられる。

 こんな風に二人きりになれるのは、いつ以来だろう。会えない日を数えたりしないから、すぐには分からない。
 狭い空間の中で、私と創介さんの二人だけだという事実に、やっぱり私は嬉しくなる。
 
 私も創介さんの真似をして、座り心地が恐ろしくいい革張りのシートに身体を預けてみる。正面にあるフロントガラスには、白い雪が落ちては溶けていた。それをじっと見つめる。

「……ここ、疲れて一人になりたい時、最近よく来るんだ」

創介さんの低い声が車内に浮かんだ。

「そうなんですか……。でも、私がいると一人になれませんよ?」

そんなことに気付いて思わず身体を起こして創介さんを見つめると、その表情がふっと崩れた。

「俺がおまえを連れて来たんだろ? そんな申し訳なさそうな顔をするなよ」
「そ、そっか。そうですね……」

本当に疲れている時、一人になりたくなるのかもしれないなんて思ったら、ついそんなことを言ってしまった。
一人苦笑していると、冷たくて大きな手のひらが私の頬に触れる。

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