雪降る夜はあなたに会いたい 【上】
「――ここのところ、ずっと会えていなかったな。今、仕事が立て込んでる」
手のひらをそっと沿わせながら、低いけれど少し優しくなった創介さんの声が私に向けられた。それに、鋭く切れ長の目が私の視線を捕らえようとするから咄嗟に逸らしてしまう。
久しぶりに触れてくれる手のひらの感触と低くて甘い声。それだけでも胸は忙しなく暴れているというのに、視線まで合わせてしまったら私は呼吸さえ上手くできなくなる。
「仕事が忙しいなら当然です! たまに、こうして思い出してくれるだけで十分なので」
何と言うのが創介さんの負担にならないのかと考えてみたけれど、上手く伝えられない。
社会人になって生活が変わって、それをきっかけに私のことなど忘れてしまっても不思議じゃない。
それなのに、創介さんは、結局この三年私と会い続けてくれている。それが嬉しいのは本当だ。
「――そうか」
ただそうとだけ零すと、創介さんは私の身体を腕の中に閉じ込めた。
「あ、あの……創介、さん?」
腕の力があまりに強くて驚く。
「――今度、旅行、するか」
「え?」
私をきつく抱きしめながら、創介さんが言葉を発する。聞き間違いなような気がして、聞き返してしまった。
「旅行。一泊でどこか。週末なら大学休みだろ? バイトが休める日にでも」
「でも――」
私と旅行なんて、そんなのいいのだろうか。
これまで二人で夜を明かしたことはない。ましてや旅行なんてしたこともない。
誰かに知られても、きっと創介さんが困る。
「疲れているみたいだし、時間があるなら少しでも休んでください」
「疲れているから、どこか行きたいんだろ?」
「だったら、私はいない方がいいです。そうですよ、絶対そうです!」
私は、何に怯えているんだろう。どうして、こんなにも必死になっているんだろう。
「おまえは、いつまで経っても……」
溜息混じりに吐かれた声の最後の方がよく聞き取れない。
背中に当てられていたはずの創介さんの手のひらが、私の後頭部へと移る。そのまま胸の方へと引き寄せられた。
創介さんのスーツから漂う大人の香り。張りのある生地が私を包んで、その胸に身体を預けてしまいたくなる。優しく抱きしめてくれるから、そのまま創介さんの胸に頬を寄せた。
「俺がおまえと行きたい。それならいいか?」
さっきよりもずっと近くに、創介さんの低い声がある。唇が私の耳元に触れ、吐息がかかる。
低くて掠れた、甘い声が私の鼓膜を刺激するから、身体が痺れるように波を打つ。
「はい……」
声が上擦る。腕の中で身体を捩っても、私の耳から唇を離してはくれない。
「あ、あの……っ、やめ――」
久しぶりに与えられる感触が、私の息を乱す。咄嗟に逃げようとしても、強く肩を掴まれていた。
「やめねーよ。おまえが、いつまで経ってもそんなだから、分からせるまでだ」
「ま、待って――」
そのまま唇を塞がれる。引き寄せられた力は荒っぽく強いのに、触れた唇は驚くほど優しかった。