雪降る夜はあなたに会いたい 【上】
「……優太、これ、ちょっと借りていい?」
「ああ、いいけど。何か、面白そうな記事あった?」
「う、うん」
自分の部屋に逃げる。そして部屋の片隅に座りそのページをじっと見つめた。
雑誌の写真越しに見る創介さんは、全然知らない人のように見えた。
どこかのオフィスビルの中なのか、窓ガラスの向こうには東京タワーが見える。その窓ガラスを背にして、寸分の乱れもないスーツ姿の創介さんが立っている。そんな写真が付されていた。
――丸菱グループ会長を祖父に、そして代表取締役社長を父に持つ。当然、将来のトップとして大きな期待を寄せられているでしょう。その期待を、ご本人としてはどう捉えていますか?
――社長の息子であるということは間違いのない事実です。ですが、創業家の人間だからという理由だけでトップに立てるほど甘い世界ではない。もし丸菱がそんな前時代的方法で組織のトップを選んでいたとしたら、世界では戦えない。血筋ではなく実力で周囲に認められなければならないと、祖父にも父にも、小さい時から教えられてきました。社員の誰よりも自分に厳しい人間でいたい。そう思っています。
写真の中の創介さんは、鋭く真摯な眼差しでこちらを見ている。遠く先まで見据えているようなそんな目だ。
いろんなものを背負って普通の人では分かり得ない重圧の中を生きている。だから、創介さんは普通の25歳の男の人よりずっと大人に見える。それは、そうでなければならないからだ。
私も、少しだけれど、そんな創介さんを知っている。まだ、創介さんがただのお金持ちだとしか思っていなかったとき、彼が実は物凄く努力しているのを垣間見たことがあった。
六本木のマンションがあった頃、創介さんの部屋で私が大学のレポートを書いていると、参考になる文献とアプローチ方法をさりげなく教えてくれたことがあった。
あの時、自分が勝手な思い込みで創介さんを見ていたことを知った。
『ただのボンボンは、勉強もしないで、遊んでばかりだと思ってたか?』
そう言って笑っていた。
クローゼットの中には、大量の本があった。それのどれもいくつもの付箋やメモ、そして書き込みがあった。その立場にあぐらをかいているわけではない。
気付けば私は大きく息を吐いていた。膝を立て顔を埋める。
創介さんが社会人になって、なんとなくは分かっているつもりだった。でも、本当の意味では分かっていなかったのかもしれない。きっと創介さんは、いろんなプレッシャーの中で生活のすべてを仕事にかけている。
創介さんの向こうにある大きなものを前にすれば、彼を酷く遠くに感じた。どうして、私みたいな人間が創介さんと一緒にいるんだろう。そんな、根本を覆してしまいそうな思考に頭を振る。
本当は、物凄く遠い存在なのだという事実を直視したくなくて、その雑誌を閉じた。