雪降る夜はあなたに会いたい 【上】
約束の日の朝、いつも降ろしてもらう場所で待っていた。空は灰色の水彩絵の具で塗りつぶしたみたいにどんよりとしている。
コートにマフラーをして防寒対策を万全にした。事前に、創介さんからそうするようにと言われていたのだ。少し待っていると、黒い車が私の前に止まった。
「おはようございます」
助手席の窓ガラスがあいて、創介さんの顔がのぞく。
「おはよう。乗って」
「はい」
車に乗り込み、シートベルトをするとすぐに車は発進した。
スーツではない私服姿の創介さんを見るのは久しぶりかもしれない。深いネイビーのVネックのニットを着た創介さんの横顔は、私の知っているものだった。今、私の隣にいてくれるのは私が知る創介さんだ。二人だけでいる時だけはすべてを忘れて、今、私の目の前にいてくれる創介さんを見ていたい。
その横顔を見つめる。
「温かそうだな」
「え? あ、はい。防寒対策、しっかりしてきました」
創介さんがちらりと私に視線を寄こして、少し笑った。
「それくらい着こんで来たら大丈夫だろう」
「どこに行くんですか?」
寒い場所に行くからとは言われていたけれど、結局具体的にどこに行くかは聞いていない。
「盛岡」
「そんなに遠く?」
車で行ける程度の行先だと思っていた。まさか、そんな場所まで一緒に行けるなんて思わなかった。
「これから東京駅に行って、新幹線に乗る。新幹線で2時間半くらいだから、遠いと言ってもそんなに時間はかからない」
新幹線なんて、修学旅行以来乗っていないかもしれない。
でも、それなら――。
「東京駅で待ち合わせにしてくれればよかったのに。その分、創介さん、朝ゆっくりできたでしょう?」
東京郊外の私の家まで迎えに来るなんて、時間のロスだ。
「少しでも早く二人になりたかった。ただ、それだけだ」
それだけって……。
その言葉は、あまりに恐ろしい。創介さんが運転中で良かった。目を見て言われたら、私は固まってしまっただろう。
「――それに。今日と明日は、とことん雪野に奉仕するから。覚悟しろ」
「私に、奉仕ですか? そんなの困ります!」
突然とんでもないことを言い出した創介さんに、思わず声を上げた。
そんな、慣れないことをされたら、どうしたらよいのか分からなくなる。
「姫にでもなった気分でいろ」
「無理です。絶対に無理!」
必死になって訴える私を見て、創介さんはただ笑うだけで「もう決定事項だ」と相手にしてくれなかった。
東京駅近くの駐車場に車を停めると、創介さんが、私が手にしていた大きめのバッグを取り上げてしまった。
「あ、あの……」
「姫さまは、普通荷物なんて持たないよな? ほら、行くぞ」
「え……っ」
私の荷物を私のいる方とは反対の肩に掛けると、創介さんは私の手を取った。それに驚いて創介さんを見上げる。私の指の間に、創介さんの指が絡まる。手を繋いでもらっているのだと気付いた。
何度も深く身体を繋げているというのに、これまで、こんな風に手を繋いで歩いたことはない。
ただ、手を重ねて握りしめる。そんな行為に、怖いほどに胸が高鳴って痛いほどだ。
高鳴った瞬間、ふっと自分の姿が脳裏を過る。普通のマフラーに、地味なだけのコート。でも、このコートが私の中身を隠してくれているからまだましなくらいだ。隣を歩く創介さんとのちぐはぐさが、頭をちらつく。
もし、こんなところを誰かに見られたら――。
咄嗟にその手を離そうとしたけれど、それ以上に強い力で引き寄せられた。
「雪野」
そう私に呼びかけてふっと笑ってくれるから、私はその手に甘えてしまった。