雪降る夜はあなたに会いたい 【上】
二つ並んだ布団に、それぞれ身体を滑り込ませた。肌に触れるシーツがひんやりとして気持ちいい。さっきまでずっと触れあっていた身体が離れているから、すぐ隣にいるというのに寂しいなんて思ってしまう。
「……雪野」
創介さんが、私の方に身体を向け腕を伸ばした。おずおずと隣り合う敷布団の中央に寄ると、私の身体を引き寄せた。
腕と胸とに包まれて温もりと鼓動を感じる。
「こんな風に、一緒に眠るのは初めてだな」
「……そうですね」
低い声が鼓膜に直に届く。
「いつも時間に追われてるからな」
帰る時間のことを考えなくていいということが、こんなにも安らげることだなんて。
そんな新たな幸せを知ってしまうことが怖くもある。
腕枕をしてくれている方の手が、ゆっくりと私の乱れた髪を梳いてくれた。
「すみません。いつも帰る時間ばかりを気にして」
家族と暮らしている私を気遣い、創介さんはいつでも帰る時間のことを考えてくれていた。たいてい、日付が変わるまでには送り届けてくれるのだ。
「バカだな。そんなことで謝るな。俺だってろくに時間が取れなくて、お互い様だ」
背中を支える手のひらが、優しく何度も撫でる。
「……雪野も、来年は社会人になるんだな」
「やっと自立できます。社会人になるのをずっと待っていたので、嬉しいです」
ほんの数十分前まではあんなに激しく抱き合っていたのに、それがまるで嘘のように穏やかな時間だ。
「本当に珍しい奴だ。俺の周囲の人間は、学生でいられなくなるのを嘆いていたけどな」
過去を思い出すように創介さんが呟いた。
創介さんのような人たちとは、置かれている立場が違う。社会に出る時の気持ちも違うに決まっている。
「雪野は、早く家族の助けになりたい。そうだろ?」
額に感じる温かな感触が、創介さんの唇だと分かって目を閉じた。
就職先に公務員の道を選んだ。決して高収入というわけではないけれど安定している。ようやく綱渡りのような生活から抜け出して、家族みんなが楽に生活できるようになる。
それに。
私自身が、これまでいろんな支援を受けることで生活して来られた。
今度は他の人の役に立ちたい。そんな気持ちから市役所に就職することにした。
「そうですね。弟も大学生になって、すぐにバイト漬けの生活をしているから。弟にはもう少し学生らしい楽しみも味わってほしいというか……。やっぱり、大学の四年間ってとっても特別な時間だと思うんです。少しは謳歌してほしいな」
私にとっての大学生活は名残惜しいと思えるものでもないし、社会に出るための手段でしかなかった。そのことに悔いはない。
それに、私には創介さんがいた。
「おまえだって、この四年ほとんど遊んでなんかいなかったのに。雪野は、本当に家族のことばかり考えているな。弟にとってもいい姉なんだろ」
笑っているようで、その声は深く息を吐くような声だった。
「そんなことないですよ。優太とはくだらないことで喧嘩してばかりだし、生意気だって言って怒ったりします」
創介さんが今どんな目をしているのか見たくて、顔を上げた。すぐそばにある顔が、私を見つめてくれる。
口角をほんの少し上げた微かな笑み。
創介さんが私に笑いかけてくれる時の表情だけど、やっぱりそれは無理にしたもののように見える。