雪降る夜はあなたに会いたい 【上】
「雪野でも、怒ったり喧嘩したりするのか? 全然、想像がつかねーな」
そう言いながら、私に向けていた視線をどこかに向けた。
「……喧嘩、か。俺は、弟と喧嘩なんかしたことない。喧嘩どころか――」
そう言って口を噤むと、遠くを見つめているようなその目が苦しげに閉じられた。
どうしたのかと不安になってじっと見つめる。
創介さんに、弟さんが一人いるということだけは聞いたことがあった。
でも、創介さんはそれ以上のことを言おうとはしなかったし、あまり聞かれたくないのかとも思えて何も聞かなかった。
弟さんのことだけじゃなく、創介さんは家族の話をほとんどしたことがない。
「おまえと違って、俺はろくでもない兄貴だからな……と言うか、”兄”と名乗る資格すらねーよ」
何かを言わなければと思ったけれど、その前に創介さんにきつく抱きしめられた。何かに抗うような強い力だった。
私はただその広い背中をぎゅっと掴む。
どんな兄弟関係なのか、私には知る由もない。だけど、きっと、こんな風に思うたびにどこかが痛むような関係なんだろう。
きっと。私が出来ることは、何かを聞き出すことじゃない。こうして、何も言わずに受け止めることだ。
「……雪野」
私を抱きしめる創介さんの、くぐもった声が聞こえる。
「確か、市役所に就職するんだったよな」
「そうです、けど……」
突然話題が変わったことに少し驚いたけど、ホッともした。それだけ、創介さんの身体が強張っていたからだ。
「……男」
「え? 何ですか?」
私の髪に顔を埋めたままだから、はっきりと聞き取れなかった。
「職場に、男、いるんだろ?」
「そうですね。最近は女性も増えているとは聞くけど、半分以上は男性だと思います。でも、それが何か……」
不思議に思って創介さんを見ようとしても、その顔は見えない。
「……いや、別に。雪野はこの四年は女子大だったから、男なんて周りにいなかったなって、ただ、そう思っただけだ」
「ほんとだ。そうですね。バイト先にはいますけど、2,3人しかいないし。考えてみれば、女の子に囲まれた生活だったんだ。それが当たり前になってたから気にしたこともなかったけど」
ただ強く抱きしめていただけのはずの創介さんが、唇を私の鎖骨あたりに当てる。
「……そ、創介さん、なに?」
咄嗟に身を捩ろうとしたけれど背中に回されていた腕が、きつく私の身体の動きを封じている。
「あ……、あのっ」
風呂上りに着た浴衣がまたはだけさせられて、創介さんの頭が私の胸元へと移っていく。
「どうしたんですか……? 急に――」
何も言わないのに、その舌は激しく蠢めいて。あっという間に、甘く媚びるような声を上げてしまいそうになる。
「……ねぇ、創介さん、どうし――」
「どうもしない」
ただ、そう言って。
あとは、ただ、私を甘く抱きしめた。